日刊ゲンダイDIGITAL

  • facebook  
  • twitter  
  • google+

周恩来特集

田中角栄

「周恩来は細いのに握手した時に何倍もの力で握り返してきた」


それにしても周恩来は偉大な政治家だ。これまで世界で会った政治家の中で唯一、尊敬できる人物だ」と周首相に対する称賛を口にしました。 「お父さんは土建屋あがりだから握力には自信がある。握手した相手には力が強いと驚かれる。でも、周恩来はあんなに細い体なのに、握手した時はお父さんより何倍もの力で手を握り返してきたんだ」 まるで恋人との逢瀬を語るように目を輝かせていました。6日間の中国滞在で角栄はその人柄…

「殺されることになるかもしれないが、それが使命」


江青、張春橋らの4人組の文革派と周恩来、鄧小平の走資派が血で血を洗う戦いを続けていたのです。中国国民は迫害や殺戮が日常的に行われるのに嫌気を差し、そうしたことに一定の距離を置いた周恩来を尊敬していました。また72年、ニクソン米大統領訪中の成功もあり、周恩来に対する国際的評価も高まっていました。中国国内では「周に反すれば民に反す」といわれるほど、人気が高まっていたのです。 これに対し4人組は、周恩…

筆者所蔵のアルバムから

中国に拘束されている駐在員5人を奪還


北京での昼食会で同席した周恩来に、マオタイ酒を飲んだ勢いで、テーブルを叩き、こう迫ったのです。 「周首相、お国には今日ただ今も、我が国国民が数人抑留拘禁されている。外交関係も樹立されることですから直ちに釈放願います」 周恩来は「ご安心ください、彼らは全員無事です。善処することをお約束します」と答えました。 約束通り翌年4月、桜の咲く頃、鈴木氏ら中国に拘束されていた5人の商社駐在員が釈放され、帰国…

(筆者所蔵のアルバムから)

訪中前夜に熱く語ったこと


日中国交回復の中国側の立役者・周恩来は1976年1月にがんで逝去しましたが、四人組の妨害に遭って満足な治療を受けることができず、死を早めたためともいわれています。 ■「創業者でなければ国交回復はできない」 中国人民は文庫本ほどの大きさの赤い表紙の「毛沢東語録」を掲げ、生活のすべてに毛語録が生きていました。 農民や労働者は昼飯時には毛語録の朗読に費やし、商談では半分は朗読会となり、タクシー運転手は…

田中角栄

「どんな境遇におかれ、つらい思いをしても天も地も人も恨まない」


学校では72年の日中国交回復が教えられ、毛沢東と周恩来とともに、日中国交回復を成し遂げた偉大な人物として、好意的に取り上げられているからです。 国営企業のトップや政治の要職にある方々と面会をする機会もありました。彼らに共通していたのは毛沢東や周恩来といった先人に対する尊敬のまなざしです。儒教の教えがそうした精神を涵養しています。角栄の存在があったから、今日の中国があると、ハッキリと口にする人も少…

政治は命懸けでするものと子供の私に刻印


そして、就任2カ月余りで中国に向かい、老練な毛沢東、周恩来相手に戦後最大の懸案であった日中国交正常化をやり遂げたのです。73年にはモスクワを訪れ、北方領土問題で明確な言及を避けるブレジネフ書記長を相手にたんかを切り、「北方領土は戦後未解決な問題」であることを受け入れさせ、共同声明として発表しました。 60年10月、当時社会党書記長だった浅沼稲次郎先生が殺害された時のことです。連絡を受けて父は大…

中川右介氏が見る共通点/(C)日刊ゲンダイ

「悪の出世学」の著者が指摘「安倍独裁は人事を経て加速する」


もっとも毛沢東は自分より有能な周恩来を右腕にして長期政権を確立した。菅長官が周恩来になるのかどうか、という見方もできますね」 弱小野党の下、国会があってないような状態であることも、安倍の独裁を加速させる要因だ。 「選挙制度改革を断行し、自民党が勝てるような制度に無理やりもっていくのではないかとも思います。途中まではやらないという姿勢を示しながら、最高裁で違憲判決が出ていることを理由に、このままで…

(筆者所蔵のアルバムから)

戦争体験を聞くと「切ないねえ」とポツリ


盟友、周恩来はその思いのたけをくみ取り、「迷惑発言」は問題となることなく沈静化しています。 「中国には命をかけて行く。俺は命は惜しくない。深夜、目を覚まして思うのは、常に国家国民のことだけだ。岸さんも言っていたが、その気持ちは総理経験者でなければ分からないものだ」と語っていた父、角栄。 日中の冷え切った関係が続くのをあの世から見てきっと「切ないねえ」と嘆いているに違いありません。…

None

安倍政権の歴史修正主義で親日国消滅


それから「極東裁判」が開かれ、「サンフランシスコ講和条約」「日中国交回復時の田中角栄・周恩来会談」「村山・河野談話」などを通じて、近隣諸国と友好関係を築き、ある種の均衡を維持してきた。 歴史問題の戦後処理は難しい。国民感情を大きく揺さぶるからだ。それでも過去の日本政府は地道な外交努力を積み重ね、調整に成功してきた。 ところが、安倍首相やその側近は、日本軍の侵略性、従軍慰安婦などで第2次大戦の「見…

None

【戦後70年を問う】「戦争の記憶」は世代によって変わる。いま問われるのは戦後70年を語る多種多様な「目」と「声」の記憶だ。


自身も同行取材した72年の田中訪中で見た周恩来中国首相の素顔など興味深いエピソードがぎっしり。83年の中曽根・レーガン会談で大騒ぎとなった「不沈空母」発言は、もとは中曽根氏が日本列島を「大きな航空母艦」になぞらえたのを同時通訳者がとっさに“unsinkable aircraft carrier”と意訳したのが真相だったという。 読みながら自身の生涯を思わずふりかえる中高年読者も多いだろう。(新評…

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のBOOKS記事