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太田和成特集

大谷翔平

「プロでやっていくには優し過ぎる気がした」


3年7組の担任だった太田和成(38)は「(成人式で大谷に)会った友達も『全然、変わらなかった』と言っていたので安心した」そうだ。 太田が「安心した」のは、ただ単に、大谷が有名になったとたんテングになったり、かつての友達に対してお高くとまったりしなかったからではない。 プロ野球は生き馬の目を抜く世界。隙あらば他人を蹴落としてでも這い上がろうという連中がごまんといる。大谷の能力がいくら高くても、そ…

「大人びた性格」を育んだ末っ子気質と運動能力


中3時の担任・太田和成(38)には、運動会の応援リーダーをやったことが記憶に残っているくらい。 大谷は3年7組。5人のリーダーのひとりとして、1年7組や2年7組の後輩に応援時の振り付け、踊りなどを教え、覚えさせるのが主な役割だった。 それにしたっておそらく、自分から積極的に手を挙げたわけではない。「仲の良い友達と一緒にリーダーになりたかったんじゃないでしょうか。(5人のリーダーの)中心になると…

「野球部の試合には出ない方がいいです」


大谷が中2の秋、野球部の監督になった太田和成(38)はしかし、そうは考えなかった。 「中学の野球部では、中学の野球部で頑張っている生徒に活躍させたかったのです。大谷はシニアで活躍していたし、中途半端に試合に出るくらいなら、出ない方がいいと……」 そう考えた太田はある日、大谷を呼んで、「おまえはもう、中学校の試合には出なくていいだろ?」と伝えた。 すると本人は間髪を入れず、「あっ、その方がいいで…

「流しているようで速い。あんな走り見たことない」


その瞬間、大谷の水沢南中3年時の担任だった太田和成(38)は仰天した。 運動会のクラス対抗選抜リレー。1~3年生の、足の速い生徒を集めてクラス単位の順位を争う。3年7組の大谷は1年7組、2年7組と同じチーム。7組代表としてリレーに参加した。 他の代表がいまひとつでチームとしての順位はふるわなかったものの、そのときの大谷の走りはいまでも脳裏に焼き付いていると、太田がこう言った。 「他の生徒たちは顔…

地元の進学校に普通に行ける成績だった


水沢南中学の3年時担任にして国語科教諭、野球部監督だった太田和成(38)が舌を巻いた大谷の野球アタマの良さは、それ以前から周囲の目に留まっていた。 水沢リトルには低学年のバンディッツ(山賊)と高学年のパイレーツ(海賊)があり、大谷はバンディッツにいたころから、パイレーツの一員としてプレー。外野手として出場していたある試合で、自分より年長の選手に対して、 「そのバッター、さっき、あっちの方に打っ…

22日の西武戦で先制2号を放つ

監督の後ろでボソボソとつぶやいた相手選手の特徴


ベンチの最前列にいた監督の太田和成(38)はふと、自分の後ろでだれかがボソボソとつぶやいているのに気付いた。 「このバッターは前の打席でサードゴロ。強引に引っ張るタイプだから、打球は三遊間方向……」 声の主は大谷だった。大谷の中3時の担任で国語科教諭、3月まで青森の浪打中学校に勤務していた太田が、当時を振り返ってこう言う。 「わたしの後ろでね、つぶやくんですよ。『次はファーストですよ』とかね。ス…

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