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細野晴臣特集

「地平線の相談」細野晴臣、星野源著


(文藝春秋 1400円+税)…

初めてシンセ使ったのはピンク・レディー

今なお衰えぬ魅力 “Jポップ40周年”で振り返る時代と音楽


ほかにも、細野晴臣らのキャラメル・ママ、ティン・パン・アレーという演奏グループも、70年代に荒井由実などをプロデュースし、『ひこうき雲』などのヒット曲を生み出しています。このように裏でアーティストを支えた人たちが、演歌やグループサウンズなどが中心だった日本の音楽を変え、今につながるサブカルチャー的な音楽を育ててきたのです」(早乙女氏) しかし、音楽を聴くスタイルが変わり、J―POPは量産型、使い…

デビュー35周年の遠藤響子さん

“花の82年組”遠藤響子さん 歌手人生「ひとつの悔い」とは


■自分のオリジナル“復活”が実現 「今回、ベストアルバム『もう一度会いたい』を出したのを機に、これまでの活動を振り返ってみたんですが、ひとつの悔いを除いて、自分で言うのもナンだけど、素晴らしい歌手人生だと改めて思いました」 その「ひとつの悔い」とは? 「今度のアルバムにも入ってる『オー・ミステイク』は84年にNHK-FM『細野晴臣作曲講座』の中で番組用に細野さんと共同で作った曲なんです。細野さ…

若き日の山下達郎らが打ち出した“処女名盤”


そんなご時世に一筋の光を見せてくれたのが、たとえば大滝詠一であり、細野晴臣であり、荒井由実であり……。 そしてシュガー・ベイブだ。彼らの存在は大きい。若き日の山下達郎、大貫妙子らを含む5人組ポップバンド。つぶやくように、うつむき加減で歌うロックシンガーばかりが目立っていたシーンにあって、山下達郎の張りのある力強い歌声や、大貫妙子の軽やかで泰然としたたたずまいは本当にまぶしかった。豊潤なポップセン…

歳月が答えを出した


松本隆が初めて本格的に作詞を手がけたのは、細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂とともに結成したロックバンド「はっぴいえんど」でドラムを担当していた70年のこと。当時の日本のロックやフォークの歌詞が多くの場合、過激な社会的メッセージの絶叫や、挫折感に満ちた私小説的な心情吐露だったのに対し、松本隆が提示した世界観はよりクールだった。真夏、ガラス窓ごしに空調の効いた部屋からじりじり焼けつくアスファルトを眺めて…

上田正樹(左)と有山じゅんじ

ライブ1回で体重5キロ減。そのまま続けたら死ぬ


細野晴臣さんや宇崎竜童さん、夕焼け楽団の久保田麻琴さんらから「サウスとは一緒にやりたくない」って言われたのを覚えている。 サウスはビートで押していたから、客を興奮させることに関しては、当時は日本一だという自信があった。 結局、関西のウエスト・ロード・ブルース・バンド、憂歌団らと一緒にやることが多かった。 当時は今のようにプロダクションがガチガチに管理なんてしてなくてオープンだったから、「今日、京…

コピーライターとして活躍していたころ(右)/

作家・林真理子「毎晩六本木でブイブイ言わせていました」


1階の喫茶店『レオン』では最先端の人たちがいつも打ち合わせをしていて、YMOの坂本龍一さん、細野晴臣さん、高橋幸宏さん、プラスチックスの立花ハジメさんたちも見ました。『林真理子って言いまして。2年後には必ず名前が出る子ですから覚えておいてください』と糸井さんは、私にいろんな人を紹介してくれました」 糸井氏の予言どおり、この3年後に「ルンルンを買っておうちに帰ろう」で有名人となり、続いて直木賞を受…

小田和正はファンを裏切ってしまった?/(C)日刊ゲンダイ

新収録は2曲…小田和正「クリスマスの約束」に不満の声噴出


毎年楽しみにしていたファンも多く、事前にはJUJUやスキマスイッチ、細野晴臣(67)など11組のゲストが出演すると発表されていた。さらには、ゲストの一人である松たか子(37)がテレビで初めて「Let It Go~ありのままで~」を披露するのではと注目が集まっていた。 それだけに期待を裏切られたファンの怒りは大きかったようで、放送終了直後からネットには〈約束がちがう〉〈ほとんどダイジェスト〉〈酷か…

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