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水森英夫特集

/(C)日刊ゲンダイ

歌手・森山愛子さん 「デビュー前は猪木事務所のOLだったんです」


演歌ファンには、氷川きよしらを育てた作曲家水森英夫の弟子として、若者世代には、土曜のTBS系「王様のブランチ」のリポーターとしての印象が強いかもしれない。今年でデビュー10周年を迎えた歌手、森山愛子。秘蔵写真はデビュー直前、アントニオ猪木(71)とのショットだ。 ♪南国土佐を後にして~都へ来てから幾歳ぞ~ あの大きな手でマイクを握り、猪木会長が十八番であるペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」を…

熟年女性たちをメロメロに

紅白初出場の山内恵介 人気の秘密は意外性とサービス精神


高1の時のカラオケ大会で優勝、審査員を務めた作曲家の水森英夫氏にスカウトされ、01年にシングル「霧情」でデビュー。「ぼくはエンカな高校生」のキャッチフレーズで華々しく売り出された。が、総合シングルTOP100どまり。 「内弟子経験もなく、トントン拍子で世に出たため、世間知らずで生意気、自信満々な部分が鼻についた。仕事がなくなり、引退まで思いつめたこともあったそうです」(芸能ライター) ■男性演歌…

山内惠介さん

山内惠介 福岡の実家の祝いの席で出た特製ラーメンの味


それで僕なりに努力して合格すると、カラオケ大会に出場させてくれたんです」 それが作曲家の水森英夫の目に留まり、プロ歌手への道を歩みだした。 「僕が家を出るとき、母は一緒に上京してくれました。南砂町駅近くのワンルームでひとり暮らしを始める身の回りを世話してくれたんです。別れるとき、地下鉄の駅の角を曲がる母に『心配せんでよかよ』って叫ぶと『しとらんよ』って。振り返る顔には大粒の涙が浮かんでいて……」…

NHK紅白への初出場が決まった山内恵介

紅白初出場のイケメン演歌歌手・山内恵介が語った葛藤


吉報はレコーディング中に届き、恩師で作曲家の水森英夫氏やスタッフと万歳三唱し、喜びを分かち合ったという。 その前日、山内はスタジオの廊下でこう語っていた。 「紅白はアスリートならオリンピックのような舞台なのかも。実家の居間に親戚一同、毎年集まって見てました。歌はもちろん、小林幸子さんの奇麗な衣装といい、歌手を志した子供の頃から憧れていた夢の舞台です」 故郷福岡でのカラオケ大会で水森氏に才能を見い…

沈む演歌界の救世主?/(C)日刊ゲンダイ

テレビも密着 「主婦が陶酔」する山内恵介のすごい集客力


<会話もままならない高嶺の花より身近な恵ちゃん>と乗り換えが相次いでます」(音楽関係者) 福岡県糸島市出身の山内は、氷川きよし(37)らを育てた作曲家の水森英夫氏(65)にスカウトされ、2001年にシングル「霧情」でデビュー。当時まだ17歳。これまでにシングル22枚、アルバム16枚をリリースした実力派だが、人気に火がつくまで時間がかかった。 「注目されるようになったきっかけは、08年から出演する…

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