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武田信玄特集

武田信玄像

【武田信玄】ライバルだけを意識していると本来の目的を見失う

前回、上杉謙信をご紹介いたしましたが、その好敵手であったのが武田信玄。謙信は信玄の死を知らされたとき、持っていた箸をバッタと落とし「アァ、惜しい好敵手を失った」と言ったといいます。本日は、信玄からライバルとの付き合い方について学んでまいりましょう。 日刊ゲンダイの名物コラム、五木寛之氏の「流されゆく日々」でも書かれていましたが、作家の故・野坂昭如氏は、かつて五木氏と…

デビュー35年を迎え今年が節目のとき

「視聴率に振り回されるのはすごく愚かなこと」

面白いものをつくれば、多様化しようが娯楽ツールがあろうが、お客さまは見てくれるはずです」 ■大河「武田信玄」で数字バブルを経験 役者歴7年目、27歳の時、大河ドラマ「武田信玄」(88年)の主役を演じた。番組最高視聴率49・2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。若き日の中井を代表する大ヒット作となった。 「視聴率40%台が初回から12回まで続き、現場は活気に満ちていま…

イラスト・小川純菜

石坂浩二も共感? 信長に利用されただけで終わった足利義昭

彼は武田信玄や上杉謙信に、密かに「御内書」(将軍の私的書簡)を発し、「信長を倒せ」と命じます。 その結果、本願寺11世の顕如までもが、門徒を糾合、畿内の三好三人衆と手を組むありさま。こうして各地の一向一揆、武田信玄、毛利輝元などによる「信長包囲網」がつくられました。 ところが元亀4(1573)年4月、信玄が急死します。義昭は宇治の槇島で挙兵したものの、腹心の細川藤孝…

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【上杉謙信編】時代は変われど「健康第一」は働く者の鉄則

川中島の合戦では武田信玄と戦ったことで知られる上杉謙信。“越後の龍”という異名を持ち、また義侠の数々の逸話を持つ謙信ですが、本日は反面教師として学んで参ります。 越後守護代・長尾為景の次男として生まれ、幼少の頃は林泉寺に入り、修行をしていたとされます。しかし、父の死後、家督を継いだ兄に越後をまとめる才覚はなく、景虎(謙信)が15歳で初陣を飾り、その後も近辺の反乱を鎮…

家康は苦労人だった

【徳川家康編】発想の転換で待ちの家康のごとく後日に備えよ

元亀3(1572)年、遠江国にて、家康と武田信玄の戦い、世にいう三方ケ原の戦いがございました。 風林火山の旗を押し立て、都へ馳せのぼらんとする武田信玄。浜松では家康が戦いに備え、同盟を結んでいる信長に援軍を頼みます。ところが信長の返事は「NO」。さらに信玄は浜松の家康を無視して、他の道を行こうとします。 当時、家康は血気盛んな31歳。「されば出陣じゃ!」と挑みます…

海道龍太朗氏

「室町耽美抄 花鏡」海道龍一朗氏

武田信玄や織田信長など、何を成し、どんな顔をしていて、どんな甲冑を身につけていたかまでが頭に浮かぶ時代小説のスターは数多い。それでは、足利義満はどうでしょうか。この人ほど業績と知名度が見合わない人はいません。これは室町時代全体にも言えることで、その背景には明治維新という大きな出来事が作用しているんです」 天皇を中心とした国づくりを目指した明治政府にとって、後醍醐天皇…

出版HOT NEWS

UFOにキングコング…大御所作家たちの“ヘンな本”

「八甲田山 死の彷徨」や「劒岳 点の記」などの山岳小説、大河ドラマの原作にもなった「武田信玄」など、数多くの重厚な傑作を生み出している。そんな新田氏による怪書の代表といえば、1967年刊行の「夜光雲」だ。ざっくりとしたあらすじとしては、女性にモテモテのパイロットがUFOに遭遇し、凄腕手品師のUFO研究家に利用されて大騒ぎするというもの。ストーリーはグダグダなのだが、…

「翳りの城」三吉眞一郎著

元亀3(1572)年、武田信玄は、大軍を率いて上洛を開始。主力部隊の側面、東遠州方面攻略を命じられた剣崎弦馬が兵を率いて進軍中、天明山山麓に奇妙な城を見つける。家康が急ごしらえした出城と思われた。城は無防備で、石垣をただ垂直に積み上げ、その高さだけが際立ち、人影は見えない。空城ならば焼き払うだけと、剣崎は翌朝、800の兵で攻撃を仕掛ける。 しかし、大手門まで兵が進撃…

故・地井武男さんは宍戸開の目標

慢心見抜き助言も 宍戸開が語る故・地井武男さんの人柄

■セリフもアクションもハートが必要 88年の大河ドラマ「武田信玄」でデビューして3年目。下積み期間がなく、親父(宍戸錠さん)からも何も教わらなかったので、いつも現場では体当たり。ようやくカメラの限られたフレームの中でどの位置に立てばいいかとか、セリフの間合いを意識し始めて、俳優の楽しさを感じられるようになった頃です。 そんなある日、刑事部屋での会議のシーン。突然、…

イラスト・八木幸恵

お家騒動は時代を超えて…名家を潰した“浅井久政の大罪”

天正元(1573)年、武田信玄が急死し、浅井・朝倉両家を滅ぼすつもりで、信長は出陣。8月、救援のため駆けつけた朝倉義景の軍勢を撃退した信長は、そのまま越前へ乱入。義景はついに自刃。享年41でした。 残る浅井氏――8月26日、信長は越前から近江虎御前山へと転戦、小谷城を包囲します。 信長は、長政のいる本郭と、父・久政の守る郭との間=「京極郭」を占拠し、父子の連絡を遮…

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