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萩本欽一特集

幼少期は内気で引っ込み思案な性格だった

あがり性で内気だった…萩本欽一“失敗続き”の下積み時代

1970年代にテレビバラエティー界の頂点に立ち、「視聴率100%男」と呼ばれた萩本欽一。テレビで一線を退いてからも、長野冬季五輪閉会式の司会、クラブ野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」結成、そして2015年には74歳にして駒沢大学に入学。型にはまらない自由な活動を続けている。 今ではすっかり大御所芸人となった萩本だが、子供の頃は内気で引っ込み思案な性格だった。自伝本…

「いかりや長介と萩本欽一を引きずり降ろすことしか考えてなかった」by ビートたけし

『あの萩本欽一なんてふざけるな』って。僕はすごいショックだったんです」(テレビ朝日「TVタックルSP」15年4月5日) 一方でたけしは「俺は萩本さんは認めてんだよ。55号でスゴイんだから。坂上さんをイジメて、坂上さんのリアクションがすごくて面白くて、これほど面白い人はいないと思って認めてる」(同前)と言う。 事実、コント55号全盛期の萩本は「いい人」とは真逆のサディ…

「運って前からこない。真裏からくるね」by 萩本欽一

今週は、萩本欽一(74)がこれまでの芸能人生で掴んだ「哲学」を取り上げたい。欽ちゃんは、運は嫌なことの中に隠れていると言うのだ。 欽ちゃんの有名な伝説に「NG事件」がある。まだ駆け出しだった頃、テレビにようやく出られるようになって、任された仕事が歌番組中に挿入される生CM。アガリ性だった欽ちゃんは、なんと19回もNGを連発、降板を言い渡された。 テレビ界を追われて失…

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「ダメなやつほどダメじゃない」萩本欽一著

1941年生まれの萩本欽一は、恵まれた子供時代を過ごしていたが、戦後、父親の会社が倒産し、一家は離散。金を稼いで母親孝行をするため、喜劇役者になろうと決めた氏は、中学を卒業して「デン助」こと大宮敏充に弟子入りを志願する。しかし、高校を卒業してから出直すよう諭され、高校卒業後はストリップ劇場の研究生となる。後にコント55号を組む坂上二郎との最悪の出会い、コンビ結成から…

はしのえみさんが萩本欽一氏に出会ったのは17歳の時

芸能の価値観伝授 はしのえみを育てた“父親”萩本欽一の至言

その1年後に出会った萩本欽一さん(76)の厳しい稽古とともに成長してきた。 「自分の好きなこととやりたいことは違う場合が多いから、まず自分に向いてることを見つけた方がいいよ」 欽ちゃん劇団に入って間もなく、私は欽ちゃんにこう言われました。 その頃はまだ、右も左もわからない時でしたから、目標というか、少し将来が見えてきたように感じたものです。 入団は勝俣州和さんらのア…

学生からは“欽さん”と呼ばれている

ハイヤー通学、授業は最前列…萩本欽一のキャンパスライフ

駒沢大学仏教学部の社会人入試に合格し、4月から大学生となった欽ちゃんことタレントの萩本欽一(74)。学生身分とはいえ、仕事は仕事というわけなのか、6日放送の仏教バラエティー番組「お坊さんバラエティ ぶっちゃけ寺」(テレビ朝日系)に出演していた。番組では「英単語は日本語との語呂合わせと単語を芸能人に置き換えて覚える」など独自勉強法を公開。 「例えば、『礼儀正しい』とい…

関根勤さん(左)と師匠の萩本欽一さん

芸名変更もアドバイス 関根勤が語る恩人・萩本欽一の“眼力”

師匠といえば、言うまでもなく、萩本欽一さん。デビューこそ華やかだった関根さんが低迷していた頃、こんなふうに諭された。 「おまえら、テレビに出るのもいいけど、地下に潜れ。まず修業しろ」 萩本さんに小堺(一機)君と2人揃ってこう言われたのは81年の春ごろ。僕が27歳、小堺君は25歳でした。 「何でイマイチ売れないか分かるか? それは面白い時と面白くない時の差があり過ぎる…

妊娠6カ月の安めぐみ/(C)日刊ゲンダイ

妊娠6カ月の安めぐみ 萩本欽一の「命名」に一抹の不安吐露

子供の性別については「8割方分かっているんですが、もうちょっとハッキリしたら言おうかな」と話したが、名前については東の師匠である萩本欽一(73)にお願い済み。 「妊娠が分かってすぐに『名前どうしようかあ』と言ったら、(東が)『名前は欽ちゃんに頼むから』と言ってました。決まったみたいで、近々主人が受け取りにいきます。『欽』が付くのかなあ。女の子だったら『欽子』とか?…

「欽ちゃんの、ボクはボケない大学生。」萩本欽一著

(文藝春秋 1400円+税)…

手術の痕を見せる小西博之さん

即死レベルから11年 小西博之さんががんを受け入れるまで

今の僕があるのは欽ちゃん(萩本欽一氏)のおかげです。かつて、欽ちゃんから教わった「人生の幸と不幸は50対50」という言葉がすべてだと思っています。生きていれば半分は悪いことが起こる。でもそれを受け入れて、とことん落ち込めばいい。ダメなときはしょうがない、笑っとけってね(笑い)。 人生は波のようなものだから、ググッと深いところへ持っていかれることもあるけれど、必ずまた…

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