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柴田錬三郎特集

「真田十勇士(三)」柴田錬三郎著


(集英社 720円+税)…

5年前、社員の共有スペースに作成

【VOYAGE GROUP】宇佐美進典社長兼CEO


中学時代は星新一に、高校では、「どてらい男」などの花登筺や柴田錬三郎に夢中になった。 「村上さんは透明感のある文体で、表現に奥行きがあります。新作が出たらすぐに読んでいます。柴田錬三郎さんを読むようになったきっかけは、高校の時、書店に行って、そこにあるもので、一番厚い小説を買おうと探したら、柴田さんの『図々しい奴』だった。主人公の生き方がおもしろくて、以来、柴田さんの作品は全部読みました」 コミ…

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連載10007回 六〇年代をふり返る


そのときの選考委員は、柴田錬三郎、北原武夫、有馬頼義、田村泰次郎、などの現役作家がただった。同時に受賞した藤本泉さんの才筆に驚嘆した記憶がある。 当時は金沢に住んでいた。今とちがって生原稿の受け渡しの時代だったから、東京から編集者が金沢までやってくることも再三だった。編集者としても、北陸まで旅行して書き手と対面するというのは、ある意味で興味ぶかい仕事だったのではないだろうか。最近では、直接、顔…

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連載10000回 流れ流されて四〇年


創刊時の連載のお仲間は、松本清張、柴田錬三郎、富島健夫、などの各氏が記憶に残っている。みんな故人である。40年という歳月は、音もなく流れ去っていくのである。 当時の日刊ゲンダイは、野武士、浪人の集団だった。トップがトップなら、社員も曲者ぞろい。その頃、よく右翼が押しかけてきていたが、そのときの社員たちの応待が変っていた。ふつうは一応ビビったりするものだが、ゲンダイは全然ちがう。 「オレがいく」…

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連載9875回 記憶のフィルムを廻して


創刊号から連載のラインナップに加わったのは、読みもの系では、松本清張、柴田錬三郎、富島健夫らの書き手だった。そこに私も加わってこの夕刊誌がスタートした。 夕刊誌と称して、あえて夕刊紙と区別したのは、毎日出る雑誌、というスタンスからだった。 この『流されゆく日々』も、最初は「しゃべくり年代記」という、サブタイトルがついていた。実際には原稿を書いていたのだが、しゃべり口調の文体を用いていたからであ…

長友啓典さん

長友啓典さん(アートディレクター)


73年から74年にかけ「週刊プレイボーイ」で連載していた柴田錬三郎さんの「うつろき夜太」の挿絵を描いていた。 当時、横尾さんと柴田さんは広尾にあった麻布プリンスホテル(81年に営業終了)を定宿にしていた。イラストレーターがホテルに缶詰めになって絵を描いている姿に憧れを抱いていた。 「横尾さんから『何してんねん』って聞かれたので、『いやー、初めてゴルフするんですよ』なんて話をしました。そうこうして…

大沢在昌氏

「十字架の王女 特殊捜査班カルテット3」大沢在昌氏


94年「無間人形 新宿鮫4」で直木賞、04年に柴田錬三郎賞、14年に吉川英治文学賞など数々の文学賞を受賞。「新宿鮫」「魔女」など、絶大な人気を誇るシリーズノベルを数多く執筆。本書は「生贄のマチ」「解放者」に続くシリーズ完結編。…

創刊当時の紙面

日刊ゲンダイは創刊40周年を迎えました


1975年10月27日の創刊号は五木寛之さんの「しゃべくり年代記 流されゆく日々」、柴田錬三郎さんの「御家人斬九郎」、松本清張さんの「塵中埃語 三億円事件」など豪華連載でスタートしました。 阿佐田哲也さんの「麻雀よ さらば 競馬転身声明」も大きな話題となりました。五木さんの連載は今も続き、新聞の長期連載でギネスブックに登録されています。 サラリーマン、庶民のための夕刊紙は創刊以来の変わらない編…

「冒険の森へ 傑作小説大全」集英社から発刊


時代考証に詳しい柴田錬三郎「赤い影法師」と、それには無頓着な山田風太郎「甲賀忍法帖」の2つの長編ほか。第3巻「背徳の仔ら」には、黒岩重吾「裸の背徳者」と、戦後民主主義を暴力で鮮烈に否定した大藪春彦「野獣死すべし」を収録、という具合。 これらはいずれも来年刊行で、今回の第1回配本では、北方謙三「檻」、飯嶋和一「汝ふたたび故郷へ帰れず」などを収める「復活する男」(第11巻)と、志水辰夫「行きずりの街…

97年日本シリーズでの姿/(C)日刊ゲンダイ

五木ひろしの“生みの親” 直木賞作家・山口洋子さん死去


また、文壇からは梶山季之、五味康祐、柴田錬三郎、川上宗薫、吉行淳之介、野坂昭如など著名作家も多く来店した。 「とにかく高い店でしたが、美人も多かった。カルーセル麻紀も在籍していましたけど。梅宮辰夫の最初の奥さんも姫のホステス。姫で出会って結婚した著名人は数え切れません」(古参の銀座クラブ関係者) 70年代は山口さんの全盛時代といえる。クラブ経営のかたわら、「作詞もやる銀座のマダム」として、最晩年…

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