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和田悟志特集

箱根駅伝連覇で胴上げされる原監督

練習計画、緻密性…我々は日本一の仕組みを持っている


(取材・構成=和田悟志) 箱根駅伝の2連覇に続き、10日の出雲駅伝でも2連覇を果たした青山学院大陸上部。原晋監督がチームを率いるようになって13年目。最強世代といわれた昨年度の4年が卒業しても、青学大の勢いは加速するばかりだ。 「優秀なスタッフに恵まれ、緻密な練習計画を練り、科学的なモノの考え方でチャレンジしている我々は『日本一の仕組み』を持っていると思っています。私が所用で練習にいないことも増…

出雲駅伝後、地元小学生に話しかける

大胆提言 弱体化したマラソンを蘇らせる秘策はある


(取材・構成=和田悟志) 2月の東京マラソンで、青山学院大勢は当時19歳の下田裕太(3年)が日本人2位(2時間11分34秒=総合10位)、21歳だった一色恭志(4年)が3位(2時間11分45秒=同11位)と初マラソンながら、結果を残した。リオ五輪男子マラソン日本代表の「選考競技会において日本人3位以内」には入ったが、日本陸連の定めた派遣設定記録(2時間6分30秒)とはタイム差があった。それでもリ…

監督は「世界で戦える選手」と一色(左)を高評価(2月の東京マラソン)

東京五輪“金の卵”に陸連の強化指導もフォローもなし


(取材・構成=和田悟志) 一色恭志(4年)。押しも押されもせぬ青山学院大のエースである。 昨年度の青学大は“山の神”神野大地(現・コニカミノルタ)、高校時代から世代をリードしてきた久保田和真(現・九電工)、ハーフマラソンの大学世界チャンピオンの小椋裕介(現・ヤクルト)といった4年生が最強世代と呼ばれた。 一色は、彼らに勝るとも劣らない活躍を見せて原晋監督も「走りが力強い」と高評価してきた。 しか…

原晋監督

出雲駅伝フィニッシュ後、エースの感極まる涙に驚いた


(つづく) (取材・構成=和田悟志)…

青山学院大学の原晋監督

油断、故障、感染症に気を配れば3冠はいけます


(つづく) (取材・構成=和田悟志)…

対談する原監督(右)と中野氏

青トレが陸上界の新しいスタンダードになって欲しい


(取材・構成=和田悟志) ――将来の夢を教えてください。 原監督「いろいろなことを頭で理解しながら、そして情熱を持って走れる選手を育てていきたいですね。誰かに言われたから走るのではなく、あくまで自分自身のためにトレーニングに励んでもらいたい。フィジカルトレをやった、肉体的に成長した、にとどまってはいけない。そのプロセスを深く考える作業を身に付けて、自立した選手になって欲しいと思います」 中野「陸…

青山学院大学の原監督

旧来の陸上界にはない新発想を指導に取り入れてきた


(取材・構成=和田悟志) 箱根駅伝で初優勝を果たすと青学フィーバーが巻き起こり、原晋監督の生活も激変した。 「選手の勧誘や講演などで全国各地に行くのですが、空港のロビーなどで声をかけられることが増えました。この間、カミさんと温泉に行って浴衣姿でいたら『原監督ですよね?』と声をかけられました。私はオンもオフも自然体を心掛けていますが、それでもちょっと外出する時だからサンダル履きで、というわけにはい…

原監督と神野大地選手

体幹トレ先駆者との運命の糸がつながった


(取材・構成=和田悟志) 青山学院大に就任するに際して、原晋監督は「3~5年で箱根本戦出場。5~9年でシード権。10年で優勝争い」というビジョンを示した。5年目に箱根路に33年ぶりに復帰を果たすと、翌年はシード権(10位以内に入ると翌年度の出場権を得られる)を獲得。強豪校への礎を築いた原監督は「その時々のチーム事情や戦力に合わせて目標値を設定し、それに沿って段階的に強化を進めました」と「元敏腕サ…

青山学院大学の公演で選手たちと

優良企業を退社 退路を断って陸上の世界に舞い戻った


(取材・構成=和田悟志) 04年、青学大OBで世羅高(広島)の後輩が仲介役となり、原監督に青学大との縁が生まれた。 優良企業・中国電力のサラリーマンという安定した人生を放り投げ、退路を断ってまで10年ぶりに陸上の世界に舞い戻った。原監督は、青学大に対して「3~5年で箱根駅伝に出場。5~9年でシード権を獲得。10年目には優勝する」というビジョンをプレゼンの形で示した。敏腕ビジネスマンの視点をもとに…

「答えはすべて現場にあった」という原監督

「原流マニュアル」を生んだ挫折と飛び込み営業


(取材・構成=和田悟志) 今季の青山学院大のチームテーマは「その一瞬を楽しめ! 最強への徹底!」だ。その言葉通りにチームは破竹の勢いで成長し続けている。 04年からチームの指揮を執る原監督は、今でこそ陸上界で名の知られる存在になったが、何度も口にしてきたセリフがある。「私はもともと陸上界の人間ではない」だ。 原監督にそう言わしめるのには理由がある。かつて陸上人としての挫折があったからだろう。 中…

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