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星野哲郎特集

星野哲郎氏は2010年に他界/(C)日刊ゲンダイ

星野哲郎氏と衝突 水前寺清子「マーチは嫌!」とゴネていた


6月の大手術からも復帰して無事50周年を迎えた水前寺清子(68)が、改めて恩師の作詞家・星野哲郎氏へ「ありがとう」の思いを語ってくれた――。 15歳の時に出場した歌謡コンクールで2位となり、作詞家の星野哲郎から声を掛けられた。歌のうまい娘を歌手にするのは父の夢でもあった。その夢の扉が開かれたのだ。だが、その後、11回にも及ぶレコーディングをしたが、デビューには至らなかった。 「どうして歌手になれ…

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連載10031回 CMソングからの旅立ち


星野哲郎さんが詞を書いている。『みだれ髪』なんて情緒纏綿たる詞を書く星野さんだが、さすが職人である。コミカルな歌を書かせても見事にこなす才能の持主だった。駄洒落の連発ソングだが、今でもおもしろい。 まあ、それにあやかってというわけでもあるまいが、当時の新幹線ブームに便乗しようという色気からの発想だろう。 私はあまり乗り気でなかった。せっかくCMソングを卒業したのに、またPRソングかよ、と思ったの…

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連載10028回 CMソングからの旅立ち


当時、会社でよく顔を合わせたアーチストの中には、少し年上の星野哲郎さん、同世代に叶弦大さん、皆にダイちゃんと呼ばれていた若い中山大三郎さんなどがいた。彼らは流行歌部門で、すでにヒット曲も出している売れっ子だったから、学芸の作詞家としてはやや肩身が狭いところがあった。 (この項つづく) ――協力・文芸企画…

実は「兄弟船」より前に出来上がっていた作品

紅白で弟と一緒に歌った「海の匂いのお母さん」


それを「兄弟船」みたいに星野哲郎先生が補作詞して船村先生が曲をつけたんです。しかも、「海の匂いのお母さん」が出来上がったのは、「兄弟船」より前です。 ■SMAPとの共演は「納豆とスパゲティ」 今でも記憶にあるのはやっぱり紅白初出場の時かな。まず、決まった時はキツネにつままれたような不思議な感じだった。本当に出られるのかよ、と。ステージでは頭が真っ白になったね。まともに歌えたか疑問だったから、歌い…

内弟子になって2年、いよいよデビューへ

海を歌う歌い手が出てきたと言われた「兄弟船」


ただ、タイトルはいいので星野哲郎さんに新たに歌詞をつけてもらったのが今の「兄弟船」。♪波の谷間に命の花が~というのは、曲ありきの後付けだったんです。星野さんは元船乗りで、俺もそうだっていうことも知っていた。星野さんには「海を歌う歌い手が出てきた」と言ってもらえたけれど、俺と豊の兄弟をイメージして作詞したわけではない。すごい偶然というか、何か運命めいたものを感じるね。 先生はいつも朝、ピアノで曲…

カツオ船を降りて鳥羽のホテルで5年間板前修業

歌手デビューする弟が調べてくれた船村徹先生の連絡先


予選で歌ったのは船村徹・作曲、星野哲郎・作詞の「おんなの宿」。歌っていたのは大下八郎さん。でも、俺は見事に落選。これも今回初めて話すことです。 そのころ、弟が歌手デビューするというので、会いに行った記憶がありますね。歌手を目指して修業しているというのは知っていました。ただ、好きでやっているんだろうというくらいの気持ちだったし、歌手になると聞いた時は驚いた。でも、うれしくてね、俺はあの時、カツオを…

NHK紅白への初出場が決まった山内恵介

紅白初出場のイケメン演歌歌手・山内恵介が語った葛藤


きょう東京にいると思ったら、明日は秋田、さらに次の日は大阪だったりして、自分がどうしてそこにいるのかも分からず、迷っていました」 「船酒場」は作詞家・星野哲郎氏の作品で、舞鶴と小樽を結ぶフェリーの中で酒を出し、旅の途上の男たちとのつかの間の関わりを持つ女将がモデル。 「実際に船に乗り、女将さんにお会いしたとき気づいたんです。たとえ刹那の出会いであっても、目の前を通り過ぎるだけの関係であっても、そ…

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