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安井純子特集

松森彩夏

松森彩夏はプレースタイルから負けん気の強さを感じる


私も現役の頃は仲間の影響が大きく、純ちゃん(安井純子)や野呂奈津子さんがいた。そして賞金女王を争った平瀬真由美さんには、「負けたくない」という気持ちはあったと思います。 松森はゴルフを始めた年齢が若く、小学生の時には江連アカデミーに通い、上田桃子や諸見里しのぶをそばで見ながら練習したことも財産になっているはずです。 私が2度、賞金女王になることができたのも、高須愛子さんや高村博美さんがそばにい…

青木瀬令奈

青木瀬令奈の凄みは顔色一つ変えないポーカーフェース


同じように小柄な選手といえば、昔の安井純子(153センチ)、原田香里(153センチ)、肥後かおり(155センチ)の名前をすぐに思い出し、彼女たちとプレースタイルがよく似ている気がします。 共通しているのは「負けん気の強さ」と「大胆な攻め」です。 例えば安井さんはドローヒッターで、右にOBラインがあって、そこへOBを打っても暫定球でまた同じラインを狙っていく。絶対に逃げない度胸はピカイチでした。 …

イ・ボミ

重圧感じていたイ・ボミの気持ちがよくわかる


仲間の高須愛子さん、高村博美さん、純ちゃん(安井純子)と一緒に行動していたので、私の賞金女王への緊張感はみんなにわかっているわけですよ。で、周りはそのことに触れないように一生懸命気づかってくれたのがよくわかった。でも、最終的に、そういう先輩たちと一緒に行動していたから最後まで強い気持ちでいられたのです。 とにかく、どんな状況になっても、最後まであきらめないでプレーする、気持ちが折れないようにし…

賞金レース独走のイ・ボミ

残り3試合 激しくなるシード権争い


ゴルフの相談はしないけど、純ちゃん(安井純子)とはいつも試合会場で一緒に練習ラウンドを回っていたから、「こうなってんでぇ」とスイングのおかしな点を指摘してくれました。 純ちゃんが私にとって一番身近なコーチだったのかもしれません。 「もう少しためて右サイドでボールをさばけ」と言われたこともありました。 きっとタイミングがずれていたんでしょう。 純ちゃんに指摘され、できることは全部やってきました。…

今年の日本オープンでラウンドリポーターを務めた塩谷プロ

1995年 日本女子オープンのタイトルを狙っていました


細かく覚えていないけど、純ちゃん(安井純子)、野呂奈津子さんと練習ラウンドをしたと思う。 口には出さないけど「勝ちたい」というのはみんなありましたね。 予選ラウンド2日間のペアリングにアマチュアの子が1人入ったのですが、ちょっとしたトラブルがありました。(つづく)…

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昔はヤーデージブックも歩測して手作りだった


さて、プロになって仲良くなった純ちゃん(安井純子プロ)の誘いから高須愛子さん、高村博美さんと練習するようになりました。 今の女子プロには帯同キャディー、マネジャー、トレーナーがいて至れり尽くせりですが、もちろん昔はいません。 当時は、自分たちでホテルの予約をとって、自分たちで食事の場所を探したり。そういう意味では高須さんや高村さんと一緒のグループでは若手が率先して動いて、マネジャー役もやるわけ…

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夕食をかけて練習ラウンド


それも純ちゃん(安井純子)に誘われて、高須愛子さんや高村博美さんと一緒に練習するようになったことが大きかったのです。 89年4月の徳島月の宮レディスで、純ちゃんがツアー2勝目をマークして賞金ランク12位。そして、翌月に私が初優勝。高須さんはその年に東都自動車、宝インビテーショナルの2勝(賞金ランク4位)です。 翌90年は高村さん3勝(賞金女王)、高須さん4勝(ランク2位)、純ちゃん4勝(ランク…

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ライバルと先輩に刺激され初優勝


そして、年齢が近いこともあって、ツアーで最初に仲良くなったのが安井純子さんです。 年齢は安井さんの方が2歳上ですが、プロ合格は私の方が2年早かった。 そんなこともあり、今でも親しみを込めて「純ちゃん」と呼ばせてもらっています。 私が1989年のヤクルトミルミルで初優勝できたのも、純ちゃんの存在が大きかったのです。 純ちゃんはプロ合格から4年目の88年フジサンケイレディスクラシックで、私よりも先…

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