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土井正三特集

阪神藤浪(右)はマエケンに弟子入り

他球団選手の自主トレに「真剣勝負できるのか」と疑問符


「70年代の巨人では、柴田勲が年上の土井正三を呼び捨てにしていたという。高卒の柴田は大卒の土井よりも先にプロ入りしていて、プロのキャリアが長いほうが偉いという風潮が垣間見え、真剣味というかプロの厳しさが感じられます。しかし、プロ野球界でフロントでも現場でも大卒というブランドが重宝されるようになってから様子が変わり始めたように思う。大学での先輩、後輩という関係性がプロ野球界を侵食し、プロの年数よ…

阿部の復活にこだわるようだと…

「誰もクビにしません」 長嶋監督1年目の失敗はそこから始まった


投手は堀内恒夫(27=以下当時)、高橋一三(29)が中心となり、打者には言わずと知れた王貞治さん(35)、柴田勲さん(31)、土井正三さん(33)らと、V9メンバーが勢揃いしていた。 しかし、彼らのほとんどはピークを過ぎていた。球団も主力の衰えを心配し、大型補強やベテラン選手の整理を考えていたようだ。これに長嶋監督は反対した。 「誰もクビにしません」と明言し、自身が抜けた三塁には、巨人にとっては…

今さらこびても…/(C)AP

孤高の仮面をかなぐり捨てたイチローの変質はどういうわけだ?


故・土井正三オリックス監督は、イチローを二軍に落としたことで無能呼ばわりされた。故・仰木彬監督こそがイチローの才能を見いだした名監督という評価が定着しているが、実は土井はイチローの才能を高く評価していた。 「潜在力が凄いことはすぐに分かった。ただ、なにしろ性格があれだからね。野球はチームプレー。少し二軍で揉まれた方がいいと判断した」 国語のテストのようだが、文中の「あれ」とは何かを述べよ。ズバリ…

福原愛も斎藤佑樹も早大出身/(C)日刊ゲンダイ

早大が新プロジェクト導入 球界から“野球バカ”が消える日


俺みたいな野球しかできないバカを入れないと(東京六大学で)優勝できない」 2009年に膵臓がんのため亡くなった立大OBの土井正三さん(兵庫の育英から立大、巨人)がかつて母校に講演に呼ばれたとき、こんな話をしたという。もちろん謙遜もあったのだろうが、当時、母校が長く優勝から遠ざかり、ついそうした発言になったのだろう。 講演を終えて降壇した土井さんは大学のエラい人に「余計なことは言わないように」とお…

日本の近代野球の基礎を築いた(右)/(C)日刊ゲンダイ

管理野球とチームプレーを持ち込んだ 監督・川上哲治の「実像」と「功罪」


逆に言えば、それだけ勝つために選手に犠牲を強いてきたのでしょう」(小川氏) 犠牲といえば昭和51年、立大から巨人入りした土井正三(故人)は川上監督からこう言われたという。 「君は打たなくていい。ONのお膳立てをしてくれればいい」 <「巨人軍を勝たせるのが俺の仕事」> もちろんマイナス面もあった。高田実彦氏(前出)はこう言う。 「ひとつは選手の使い捨てでしょう。V9時代も他球団の主力選手を毎年のよ…

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×「一歩目は前へ出ろ」


巨人入団後に三塁から二塁へコンバートされた私を、「プロの二塁手」に育ててくれたのが、当時の守備コーチだった土井正三さんです。素人同然だった私にとって、V9時代の名二塁手だった土井さんの教えは、目からウロコが落ちることばかり。中でも印象的だったのが、次の言葉です。 「ピョンピョンと弾むように守りなさい」 当時の私は猪突猛進。打球に対して、やみくもに前へ突っ込むだけでした。重心を低くして、とりあえず…

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