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藤田敏特集

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連載10037回 昭和ヒトケタ派の残影


大島渚、小田実、岩城宏之、白土三平、青島幸男、船村徹、江藤淳、石原慎太郎、藤田敏八、後藤明生など、すぐに頭に浮んでくるだけでも随分いる。稲盛和夫、横山ノックなども異色のヒトケタ派である。映画監督が多いのは、ヒトケタ派の特色かもしれない。 さらに昭和4、5年、8、9年あたりを考えてみると、無数の顔が浮かびあがってくる。そのあたりの世代が、このところ次々と世を去っていった。 野坂昭如、永六輔、大橋巨…

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連載9980回 言葉が死語になるとき


大島、石原もそうだし、小田実も、青島幸男も、岩城宏之も、白土三平も、吉田喜重も、藤田敏八も、みんな1932年、つまり昭和7年生まれだった」 「要するに目立ちたがりやの世代なんですね」 故人となった仲間の数をかぞえながら、肩をすくめるしかない。時代なるかな。 (この項おわり) ――協力・文芸企画…

高橋洋子

ひと言でいうと“へたくそ”なんですよ、生き方が


それというのも、藤田敏八さんから『おまえさんは自分のキャラが定着する前に小説を書いちまったな』と言われましたし、自分でも“なるほど”と思いました。でも、寺山修司さんは『小説を書いた女優をだね、使ってみたいと思うのは僕ぐらいなもんだよ』と余裕をもって言ってくれましたが、使う側にとっては扱いづらい存在になってしまったんでしょうね。本当は役者をやりたいくせに事務所に所属しなかったり。長期的なビジョンが…

奥山和由さんにとって読書はリアルを実感すること

奥山和由さん(株式会社KATSU‐do代表取締役会長)


藤田敏八監督、時任三郎、藤谷美和子で、実話の中にもどんどん虚構を入れて作りました。佐木さんの作品は『事件百景』『男の責任』、裁判ものなど、どれを読んでも面白かったですね」 映画少年の入り口になったのはそもそも第2次世界大戦の連合軍によるノルマンディー上陸作戦を描いた「史上最大の作戦」(62年)。「冒頭に出てくる『これはトゥルーストーリーである』という実話の説得力に圧倒されて映画マニアになった」と…

奥田瑛二

カメラの前ではスッポンポンになるのが奥田流です


しかも僕はデビュー作「もっとしなやかに もっとしたたかに」(1979年、藤田敏八監督)でひどく痛い目に遭っているんです。 同作は森下愛子さんと高沢順子さんが僕の相手で、ベッドシーンの撮影当日は朝から晩までガーゼとガムテープで留めた前貼りをつけ、途中、剥がれてはつけてを繰り返し、貼り続けていたんですね。で、撮影終了後、真っ暗な控室にひとりで戻り、いざ外そうと思ったら、お尻とタマタマのところの毛がガ…

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秋吉久美子 元祖プッツン女優から「演技派」までの波瀾万丈


74年、藤田敏八監督の青春映画「赤ちょうちん」「妹」「バージンブルース」(ともに日活)に立て続けに主演。70年代を象徴する言動が続き、「シラケ女優」と呼ばれた。 男性遍歴のほうはシラケどころか、かなり激しく熱い。草刈正雄や矢沢永吉らと浮名を流したあと、24歳だった79年にフォークグループ「青い三角定規」の元メンバー・岩久茂と結婚。芸能界初の“できちゃった結婚”だった。 結婚後も藤井フミヤやホスト…

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