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森祇晶特集

西武監督時代の森祇晶氏

日本一6度の名将・森祇晶が力説 「捕手と外野手の視野の違い」


森祇晶(西武)が6回、上田利治(阪急)と野村克也(ヤクルト)が3回、伊東勤(西武。現・ロッテ)が1回。それに対し、外野手はポジションが3つもあるのに、わずか4回(全体の9・5%)。秋山幸二(ソフトバンク)が2回。若松勉(ヤクルト)、西村徳文(ロッテ)がそれぞれ1回だ。 以前、森祇晶に取材すると、両者の視野の違いを力説した。 「捕手は90度のダイヤモンドを見渡し、野手に守備位置を指示する。両軍ベン…

「森監督誕生」を報じた当時の日刊ゲンダイ

巨人森監督誕生なら打撃コーチは張本勲だった


9月初め、「長嶋監督勇退、巨人来季監督に森祇晶氏決定」の報道が流れた。森氏は86年から94年まで、西武の監督としてリーグ優勝8回、日本一6回。巨人はチームの再建をこの「常勝監督」に託すはずだった。 内定していた「森巨人監督」がご破算になったのは、長嶋監督や有力な巨人OBの強い反発があったからだといわれているが、当時の森氏は悲願の巨人監督のために着々と準備を進めていた。 西武で常勝監督となった森氏…

9日の巨人戦では三塁の金子がポロリ

OBは呆れるも…西武の“ザル守備”は「黄金時代」の反動


「かつて森祇晶監督が率いていた、黄金時代の反動でしょう。当時は手堅くスキのない野球で『強いがつまらない』と言われていた。観客動員も苦戦していました。だからこそ理想はイケイケドンドンの打ち勝つ野球。守って打てる選手はそうそういないだけに、ドラフトも打てる選手を優先して獲得しているのですよ」 打ち勝って日本一になった08年を境に観客動員数も右肩上がり。「ザル守備」は織り込み済みというのだが。…

西武・田辺徳雄監督

田辺徳雄 故・仰木監督との共通項


故・仰木彬監督率いる猛牛戦士たちは、西武・森祇晶監督の緻密な野球をあざ笑うかのように、豪快過ぎるほど豪快な野球を勢いで展開し、当時の西武をもっとも苦しめていた。 また、そんな仰木監督も現役時代、西武の前身である西鉄の、しかも田辺監督と同じ黄金時代の名脇役だったから、因縁めいたものを感じる。かつての自分が中西太や豊田泰光ら花形選手を陰で支える存在だったからこそ、監督としても才能豊かなタレント軍団を…

多村の素質を開花させたことがある落合氏

元ベイ多村と育成契約 中日落合GM狙う“二匹目のどじょう”


横浜時代の01年キャンプで、当時の森祇晶監督が臨時打撃コーチとして招いた落合氏からマンツーマンで指導を受けた。「落合道場」は3日間。そこで落合コーチのトスするボールをひざを曲げて打ったり、ボールにスピンをかけて真上に打ち上げる変則ティー打撃をこなし、その後は室内の打撃練習場に缶詰めにされて、マシン相手に約2時間、1000発以上打った。 「プロになってあれだけ打ち込んだのは初めてだったのだろう。…

投げまくった川口

山本浩二のトンデモ采配に森祗晶はほくそ笑んだ


奇策とさえ言えぬトンデモ采配に、敵将の森祇晶はほくそ笑み、待ってましたとばかり、鈴木康友を代打に送った。 巨人時代に川口と何度も対戦した鈴木は、「必ず真っすぐがくる」と読み、3球目のストレートをジャストミート。レフト前へ運び、2点タイムリー。つづく秋山幸二が紀藤真琴から3ランを放ち、試合は決した。 山本は“裸の王様”だったといっていい。川端の体調や川口の心情も知らず、敵の代打要員にまで考えが及…

日本一に挑んだが…(広島監督時代の山本浩二)

91年日本シリーズで露呈した捕手出身監督との大差


前者は広島カープの山本浩二、後者は西武ライオンズの森祇晶である。 第1戦、西武は石毛宏典の満塁ホームランなどで11対3と圧勝した。だが、森はうれしそうな表情を見せなかった。 「打撃は水物。相手投手の出来次第」 むしろ、広島の遊撃手、野村謙二郎が2回もエラーしたことをほくそ笑んだ。 「日本シリーズはペナントレースの延長、縮図なんだよ」 野村はシーズンで14個のエラーを記録し、“失策王”になってい…

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73年、77年の「日本シリーズ」の思い出


当時の巨人は日本シリーズ前になると、バッテリーコーチを兼任していた森祇晶さんが情報収集を行っていた。当時から南海の野村克也さんと親しく、南海が日本シリーズに出場しない年に限り、パの選手のデータを事細かに聞いていたようだ。 現在行われている日本シリーズに出場している選手はどんな心境なのか。下馬評ではソフトバンク有利だが0勝3敗から4連勝して日本一になったチームも過去にはある。存分に盛り上げてほしい…

どこか存在が軽い

実績は抜群も 巨人原監督に“名将オーラ”がまったくない理由


同じ11年間の監督勝利数では、かつて西武黄金時代を築いた名将・森祇晶監督(785勝)を上回っており、リーグ優勝回数も往年の魔術師・三原脩監督(6回)を超えた。 しかし、それにもかかわらず原監督には不思議なほど大監督のオーラがない。往年の大監督たちはベンチに座っているだけで敵に威圧感を与えたり、口を開けば含蓄ある野球理論や人生訓を発したりしたものだが、原監督にはそれがない。どこか存在が軽いのだ。 …

阪神の福留から花束を贈られる谷繁

引退の谷繁「中日移籍」秘話 陰に横浜・森監督との確執が…


「01年から横浜の監督に就任したのは巨人V9時代の名捕手で、西武を常勝チームに育てた森祇晶氏。谷繁はシーズン中、ベンチでは森監督の横に座り素直に話を聞いていたが、いつしか離れて座るようになった。森監督が『あのリードで、よく正捕手が務まってたな』と陰でグチグチ言っているのを人づてに聞いて、森監督の性格に嫌気がさしたのです。森監督は谷繁がFA移籍しても相川(亮二=現巨人)で穴埋めできると考えていた…

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