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井筒和幸特集

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二代目はクリスチャン(1985年 井筒和幸監督)


(森田健司)…

7月10日からコラムがスタート

10日から連載コラム開始 井筒和幸監督“第0回”インタビュー


作品はお蔵入りに

滝のセットで…「東方見聞録」撮影中の痛ましい死亡事故


ー1991年9月ー 映画「パッチギ!」などの数多くのヒット作で知られ、テレビのワイドショーなどでコメンテーターとして活躍する井筒和幸監督(59)。かつて監督した映画の撮影現場で、エキストラの若手俳優が水死する事故が発生した。 1991年9月21日、静岡・小山町の川で、翌年5月公開予定の製作費10億円という大作時代劇映画「東方見聞録」の撮影が行われていた。現地には3カ月の期間と3億円をかけて建造さ…

イベント司会者にキレていた?

沢尻エリカ 伝説の「別に…」発言には伏線があった


当時の彼女は、井筒和幸監督作品「パッチギ!」で新人賞を総なめにした後の主演作品。映画の製作サイドも腕まくりで、全国のローカルテレビ局まで回るプロモーションを展開した。 すでにその段階でマスコミの中では、「沢尻、けっこう怖いゾ」という評判が流れていた。見えない疲労もあるのか、作品や女優業の話以外のプライベートを尋ねると、露骨にイヤな顔をする。それでも食い下がる相手にはムッとして答えないというわけ…

今やテレビに欠かせない存在

「下町ロケット」で水原本部長役 木下ほうか語る下積み時代


俳優になったのは、高校1年だった16歳の時、オーディションをパスして出演した映画「ガキ帝国」(1981年、井筒和幸監督)がきっかけです。あの作品で、井筒監督や島田紳助さんらと親しくなり、大阪芸大を卒業後の86年、月給8万円で吉本新喜劇の劇団員になりました。 その後、89年に本格的に役者を目指すため上京して、最初に住んだのは目黒区祐天寺。6畳に3畳ほどのミニキッチンが付いた風呂なし・共同トイレの…

51歳で独身

イヤミ課長でブレーク中 木下ほうかは「吉本新喜劇」出身


高校生の時に役者を志し、新聞広告で見た井筒和幸監督の「ガキ帝国」のオーディションを受け合格。大阪芸術大学で舞台芸術を学び、卒業後は吉本興業の新人タレントオーディションに受かって吉本新喜劇入りする。「“名脇役”と称される役者たちは共通してアドリブに定評があるが、木下の場合、それを吉本新喜劇で学んだ。何しろ、当時の新喜劇は台本を渡された日に本読み1回、立ち稽古1回で本番です。主役の間寛平が開演時間に…

吉永小百合も含め映画人446人が反対アピール

吉永小百合さんも「NO」 映画人446人が戦争法案反対アピール


俳優では吉永小百合、倍賞千恵子、野際陽子、大竹しのぶら、監督は是枝裕和、周防正行、西川美和、井筒和幸、山本晋也をはじめ、映画界を支える一線級の人たちが名を連ねている。 賛同人たちは「すべての戦争に反対」(倍賞千恵子)、「現政権は、政治権力が憲法によって縛られるものである、という原則をそもそも理解していない」(是枝監督)、「民主主義を否定する現政権を許すわけにはいかない」(周防監督)など、痛烈な…

「別に」以降、下降線/(C)日刊ゲンダイ

新恋人の話題もスルー…沢尻エリカに再浮上の芽はあるのか?


05年に大ヒットした映画「パッチギ!」(井筒和幸監督)では、同一人物とは思えないほど清純でかわいかった。 この年、沢尻は日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ、さまざまな賞を受賞。専門家からも高い評価を得ていただけに、彼女の才能を惜しむ声はいまだにある。 「映画関係者の中には、せっかくの彼女の演技力がもったいないと言う人も少なくありません。沢尻の話題といえば、本業とは無関係の色恋沙汰ばかり。それも…

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