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林家こん特集

落語家 林家こん平さん (71) 多発性硬化症 ㊤


林家こん平だってバレバレだったわよ!」と娘に笑われてね。 でも、今だから笑って話せるんであって、病気と縁なく過ごしてきた私にはこの上ない苦痛! みんながわざと私を家に帰してくれないと被害妄想を抱いていたぐらい、入院生活はつらいものだったんです。(次回につづく) ▽はやしや・こんぺい 1943年新潟県生まれ。中学卒業と同時に初代林家三平に師事。20歳の若さで二つ目、29歳で真打ちに昇進。66年から…

林家こん平は田舎者キャラを売りに

超人気番組になったおかげで苦しんだメンバーも


円楽、歌丸、小円遊、木久蔵に次ぐ第五の男ともいうべき林家こん平は、以前と同様に新潟出身の田舎者であることを売りにした。自己紹介の際、「越後といえば田中角栄、三波春夫、林家こん平でーす」と郷土色を前面に出す。後に定番となった「チャラーン!」という独特の挨拶にしても、地方出身者ならではのバイタリティーが感じられる。 ただ一人、三遊亭円窓だけが特別なキャラクターを売りにせず、目立たなかったことから番組…

落語家 林家こん平さん (71) 多発性硬化症 ㊦


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見事な“臨時司会”が三波伸介の就任につながった


72年、小きんに代わって林家こん平が復帰を果たす。 木久扇の回顧録(東京新聞連載「この道」)によると、前田と三波の違いをこう述べている。 「マエタケさんはラジオ的、三波さんは三波伸介一座の劇場的な進行だった」と。 歌丸は自伝の「座布団一枚!」(小学館)で両人の司会をこう比較している。 「マエタケさんは噺家のシャレが通じないところがあるんです。こちらが投げた球を受け取ってくれなかったり、受け取って…

三遊亭円楽

大喜利はメンバーも問題もすべて談志が作っていた


円楽は物知り、小痴楽は都会人、桂歌丸は批評家、三遊亭小円遊は乱暴者、林家こん平は田舎者といったあんばいだ。 この発想は洋画好きの談志らしくアメリカ映画から得たという。60年公開の「荒野の七人」と「オーシャンと11人の仲間」には個性的な大物が大勢登場する。それが頭にあった。大喜利メンバーのキャラクターを設定するのは現在も続いているのだから優れた発想だ。 問題も談志自身が作った。例えば「何と何を合わ…

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