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永六輔特集

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連載9967回 永六輔の残したもの


いずれにせよ、故・永六輔さんの特集らしいから、素直に出ることにしたのである。 永さんの思い出話や人柄を語るのであれば、私などよりはるかに交流も深く、長年の仕事仲間も沢山いるはずだ。そういうかたたちからの追悼の記事や番組などは、すでにいくつも発表されている。私は例によって水の如く淡く、細く長いつきあいなので、個人的な話はその任でない、と最初は辞退したのだが、スタッフと話している間に考えが変った。 …

会見で父・永六輔さん(右)との思い出を語る次女の真理さん

永六輔さん大往生 作品の底流に「反権力」の気骨と反骨


「上を向いて歩こう」「黒い花びら」など大ヒットソングの作詞、放送作家、文筆業、ラジオパーソナリティーと多岐にわたって活躍した永六輔さんが7日に亡くなっていた。享年83。数年前からパーキンソン病と前立腺がんを患い車椅子での生活だったが、最後までラジオ番組への出演を熱望していたという。 すでに永さんの実家の浅草・最尊寺で家族葬が営まれ、後日、お別れの会が開かれる。 早大時代から黎明期のテレビ界で放送…

故・永六輔さんはギャハハと笑っていた

戯作者・松崎菊也が永六輔さんに捧げる「“永七輔”語録」


永六輔さんラジオ語録。 「栗せんべい売っていた老夫婦を、厚生省が栗の入っていないせんべいの製造販売は不当表示になると規制をかけたのね。これとっっってもおかしいでしょ? じゃハトサブレには鳩が入ってんのか、メロンパンにメロンが入ってんのか」 喝采。 わたくしは同じTBSの夕方「荒川強啓デイ・キャッチ!」で、ときどき永七輔と名乗り、永さんの言いそうな世の中の重箱の隅をつついた。 「永七輔です。政治家…

永六輔さんはテレビ草創期からの功労者

テレビはきちんと永六輔さんを追悼するべきだ


7日、永六輔さんが亡くなった。訃報が流れたのは11日。翌日のワイドショーはさぞや永さんの話題でもちきりになるに違いないと思って見ていたが、どの局もトップニュースは石田純一の都知事選出馬断念や、ザ・ピーナッツ伊藤ユミさん死去の話などで、永さんの訃報をなかなかやらない。 例えば「とくダネ!」(フジテレビ系)。オープニングは二足歩行するツキノワグマの話題。そして、フランスのたばこ店に強盗が入ったが番犬…

永六輔(左)への感謝を語る木の実ナナ

ファンであり批評家 木の実ナナを励ました“永六輔の手紙”


そんな木の実さんを10代のころから陰に日なたに応援してくれたのは作家でパーソナリティーの永六輔さん(83)だった。 ■大先輩からの手紙が励みに 「あなたほど粋な女優はいない。登場したシーンがなんと鮮やかで粋だったことか……」 こんなお手紙を永(六輔)さんから頂いたのは、日劇恒例の「夏のおどり」に出演していた20歳になる少し前。それも、「すぐに読んで欲しいから」とマネジャーに直接、手渡ししてくれた…

「永六輔の伝言」矢崎泰久著


亡くなった永六輔氏が、戦後の放送文化を共につくりあげてきた盟友たちとの交流をつづった人名録。 国民的映画スター、渥美清との出会いは、2人がまだ芸能界に足を踏み入れる前の少年時代だった。戦後、小遣い稼ぎのために永ががれきの中から集めた鉄くずなどを買ってくれた元締が、5歳年上の渥美だったという。補導されたときの警官の一言がきっかけという渥美の芸能界入りのエピソードや、永の家に入り浸り、新婚旅行にもつ…

永六輔(左)と大橋巨泉、2人ともまだまだ現役

激ヤセ姿でTV共演 永六輔&大橋巨泉に業界から称賛の嵐


4日放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)にそろって登場した永六輔(82)と大橋巨泉(81)に「よく出た」「リッパ」と称賛の声が上がっている。黒柳徹子(82)自身が「最高の出来上がりではないのに」と言った通り、巨泉は頬がゲッソリ、永も6年前にかかったパーキンソン病の影響からか、口は開けっ放しだったのに、見かけとは裏腹、話し言葉はシッカリしていたからだ。 巨泉は激ヤセしたとはいえ、声のトーンは昔のま…

2週に一度はハリ治療を

9月で長寿番組終了も心配無用 82歳・永六輔「健康の秘訣」


先日、終了が発表された「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)で24年半パーソナリティーを担当してきた永六輔(82)のことだ。「土曜ワイド」の最終回は9月26日だが、9月28日からは新番組をレギュラーで担当するというから、健康面の不安はなさそうだ。 「10年に発症したパーキンソン病の影響で体調の波はあるようですが、本人はいたって元気です。毎週のラジオ放送のほか、新聞の連載コラムも持っていて…

意外な繋がりが/(C)日刊ゲンダイ

下積み時代の清水ミチコを親身になって叱ったのは永六輔


新人が出る日曜日に永六輔さんがいらしてたんです。永さんはジァン・ジァンでプロデュースもしていて、新人が出る時などは、たまに見にいらしてたらしくて。 終わった後、永さんから話しかけてくれて、「芸はプロだけど、生き方はアマチュア」と注意してくれた。私、ネタの最後に照れちゃって「じゃ、これで……」とお辞儀もせず帰っちゃって。「お辞儀がちゃんとできてこそ芸人だから」と言ってくれました。それから私、家でお…

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連載9979回 言葉が死語となるとき


メンバーは、前田武彦、永六輔、大橋巨泉、それに富田恵子の4人。 機関銃のように言葉が飛びかう新鮮なトーク番組だった。メンバーは出たり引っこんだりしたが、ときにゲストが加わることもあった。トーク番組としては、これが先駆者といっていいだろう。とにかく活気のある番組だった。 当時、仕事の打ち合わせがオーバーして、退席しなければならなくなったりすると、 「きょうの続きはまたあした」 と、手をふって席を…

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