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五木ひろし特集

SMAPやEXILEもお手のモノ

NHKで歌の先生役 五木ひろしが目指す“歌謡界の底上げ”


「こんな番組がやりたかった」――五木ひろし(67)がこう語ったというが、まさにホンネだろう。NHKで10月12日に放送される音楽バラエティー「五木先生の『歌う!SHOW学校』」の収録を終えての一言だ。同番組は五木が先生役を務め、ポップス、演歌、俳優、お笑い界からゲストとして生徒を集結し、1時間目を「古典」、2時間目を「現代音楽」として日本の音楽を学んでいくもの。 本紙は昨年「ドキュメント五木ひろ…

絶大な人気を誇るひれカツ定食

五木ひろしも大好物! 老舗「とんかつミカド」のヒレカツ定食


昨年が芸能生活50周年の五木ひろし(67)。デビュー以来、数々のヒット曲を飛ばしてきた歌謡界の大御所が愛してやまないのが世田谷区奥沢にある老舗「とんかつミカド」だ。 場所は東急目黒線の奥沢駅から5分ほど歩いた閑静な住宅街。昭和14年の創業以来、地元で親しまれてきた。現在は2代目店主が切り盛りしている。店内には俳優、スポーツ選手、歌手、作家など著名人のサインがズラリ! そんな大物たちの舌を魅了して…

献歌する五木/(C)JMPA

作詞家・山口洋子さんお別れ会 五木ひろし「渚の女」で惜別


また、山口さんが世に送り出した歌手の五木ひろしは、山口さんが作詞、自身が作曲した「渚の女」を献歌。故人を偲んだ。…

97年日本シリーズでの姿/(C)日刊ゲンダイ

五木ひろしの“生みの親” 直木賞作家・山口洋子さん死去


クラブ経営のかたわら、「作詞もやる銀座のマダム」として、最晩年のパートナーとなる野口プロの野口修社長(キックボクシングの“生みの親”)と組んで演歌歌手、五木ひろしの売り出しに成功。山口が作詞した「よこはま・たそがれ」「夜空」「千曲川」などは大ヒット。他にも石原裕次郎「ブランデーグラス」、中条きよし「うそ」など名曲の作詞を数多く手がけた。 80年代からは作家の近藤啓太郎を師と仰ぎ文章修業。84年に…

山川豊

涙ながらに送り出してくれた9歳上の女性との別れ


どうしようもなくあふれてくる力の発散場所もなく、夢どころか明日の食い扶持もままならない不安から逃れたかったし、五木ひろしさんのマネをしてこぶしを回しているときだけは、最悪の現実から目を背けることができた。五木ひろしさんのようになれるとは到底思っていなかったけれど、どこかで歌うことはできないか、3つ年上の姉貴が名古屋の理容室で働いていて、相談したんだ。しばらく経ってキャバレーを見つけてくれた。そ…

終わったと思ったら、また歌番組の司会に

歌番組司会で引っ張りダコ 宮本隆治アナの“サバイバル術”


NHKで歌番組を担当するようになってからは前川清、五木ひろしなどのモノマネにも挑戦。特に前川のマネが得意で、かつて前川のコンサートではアンコールの際、前川に入れ替わって♪神戸~とやって客席に大受けしたこともあります」 もちろん、モノマネだけで生き残ってきたわけではない。 「モノマネが縁で多くの歌手と直接親交があるほか、いわゆる“芸能界のドン”たちの信頼も厚く、歌番組のキャスティングも『宮本さんが…

福田こうへい(左)の復帰宣言で大混戦に…

本命が小林幸子なら大穴は? 今年の紅白“演歌枠”は大混戦


しかし、初出場や復帰組の2年連続というのは非常に難しい」(前出のプロデューサー) 安泰なのは五木ひろし、氷川きよし、石川さゆり、坂本冬美ぐらい。残り枠を巡ってレコード会社の売り込み合戦が激化しそうである。…

新しい芸名は賛否両論

「のん」になった能年玲奈…芸能人の改名と“出世”の関係


「芸能人の改名でいうと一番有名なのは五木ひろしでしょう。松山まさる→一条英一→三谷謙を経てようやく『五木』にたどり着いた。それも偶然の産物で、本来は『五木治郎』にするはずだったのに、たまたま当時『五木司郎』という歌手がすでにデビューしていたため、苦肉の策で『ひろし』にしただけの話。あまりに“その場しのぎ”で五木自身が呆れたという話があるほど」(音楽関係者) 今や売れっ子お笑いコンビとなった「さ…

左から時計回りに、小林幸子、八代亜紀、神野美伽、吉幾三

“ラスボス”小林幸子の効果大 演歌界は猫も杓子も若者対策


演歌の地盤沈下が叫ばれて久しく、黙っていても紅白に出られるのは五木ひろし、氷川きよし、石川さゆりぐらい。それ以外の人たちは、晴れ舞台に返り咲くためにも、何としても話題性、とりわけ若者の支持が欲しいのです」 あの手この手で話題作りに余念のない演歌勢。紅白の椅子取りゲームを制するのは誰か。…

自分の名前が付けられた電車の前で

おふくろは「うちだけで2枠は申し訳ない」と


「ゴッドファーザー 愛のテーマ」とか北島三郎さん、五木ひろしさんの楽曲を歌っていたと思う。しかし、兄貴の歌手としての本質は、漁師であり、板前でもある、男の世界だった。 「兄弟船」を聴きながら、ああそうだ、そうだろうと合点がいった。 ■「僕の兄貴」から「鳥羽一郎の弟」に見方が逆転 「兄弟船」の発売は82年。僕のデビュー曲「函館本線」がリリースされた翌年のことで、デビューは僕が1年早かったが、売り上…

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