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山川豊特集

実は「兄弟船」より前に出来上がっていた作品

紅白で弟と一緒に歌った「海の匂いのお母さん」


俺は「山川豊の兄貴」と言われ、豊も豊で、「『兄弟船』を歌え」とリクエストされたりしてね。 デビューは豊が先、俺は賞レースに呼ばれたことがないけれど、紅白出場は俺が先だった。初出場の時はあいつに連絡しなかった。翌年の1986年に初出場し、兄弟揃って出させてもらったわけだけど、あいつは悔しかったと思うよ。歌手としてはライバルみたいなものだからね。「兄弟船」が売れて、「鳥羽一郎の弟」なんて言われるよう…

更生保護司18年、漁港コンサート86回やってきた


(つづく) ※次は弟・山川豊が担当…

日々のトレーニングで体力と体形をキープ

兄が食道がんと聞いた時は「やばいな」と思った


(つづく) ※あすも弟・山川豊が担当…

1週間入院した鳥羽一郎

8年前に食道がん手術…原因は焼酎の熱湯割り?


(つづく) ※次回は弟・山川豊が担当…

自分の名前が付けられた電車の前で

おふくろは「うちだけで2枠は申し訳ない」と


山川豊号などといって特別電車を走らせたり、ツアーバスで全国を回ってくれていた。 山本譲二さんから「レコード店でお前のポスターがドーンと大きく張り出されているのを見た。負けたくないと思って頑張った」と言われたことがある。「みちのくひとり旅」の大ヒットで、たちどころに抜かれてしまったが、売り上げ枚数や賞という結果を目指し、自分を奮い立たせ、過酷な競争に身を投じなければならないのがプロの世界。 演歌は…

内弟子になって2年、いよいよデビューへ

海を歌う歌い手が出てきたと言われた「兄弟船」


※次回は弟・山川豊が担当…

営業に走り回っていた時代

日本歌謡大賞のステージに“乱入”してきた兄貴


兄貴がどんなに、「山川豊の兄だ」と言ったところで警備員が通してくれるわけがないのに。(つづく) ※次回は兄・鳥羽一郎が担当…

船村徹氏の元で3年ほど弟子生活を続けた

船村先生のいる寿司屋で「君も一杯飲みなさい」と


※あすは弟・山川豊が担当…

カツオ船を降りて鳥羽のホテルで5年間板前修業

歌手デビューする弟が調べてくれた船村徹先生の連絡先


(つづく) ※あすは弟・山川豊が担当…

鳥羽一郎

きついし寝れないしで地獄だったマグロ船の2年間


(つづく) ※次回は弟・山川豊が担当…

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