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源頼朝特集

イラスト・齋藤礼実

弟・義経を死に追いやった源頼朝の“暗い嫉妬心”


そのひとつが、武家政権をつくった源頼朝の逸話でしょう。 なにしろ、弟の義経を滅ぼしたのですから。 言うまでもないことですが、頼朝は平清盛に滅ぼされた源義朝の遺児。父の死後、伊豆に流され、約20年に渡って不遇な青年時代を送ります。ところが北条政子と結ばれたのをきっかけに、治承4(1180)年、平家討伐のために挙兵。富士川の戦いで平家軍を潰走させた直後、義経と初対面を果たしました。 義経は兄のために…

雇用維持はどうなった?(鴻海・郭会長)

シャープは大リストラへ 中国ハゲタカに交渉の余地はない


源頼朝伝説で知られる伊豆・修善寺の旅館は、中国の旅行会社に買収されて雰囲気が一変したという。 「中国人観光客に合わせて、料理はすべての皿を一度にドンと提供。土産物売り場のスタッフにはノルマが設けられ、配膳係の休憩はなくなり、10時間働きづめ。細やかなおもてなしをモットーに営業してきた日本人従業員には反発が強く、辞めた人は一人や二人じゃありません。その中には、マネジャーもいました。困ったほかのス…

ショーンK? 他人の性を名乗り存続した北条氏の“経歴詐称”


北条というと、源頼朝の妻・北条政子の一族を連想しますが、何の血縁関係もありません。氏綱は関東管領の上杉家を牽制し、武蔵進出の正当性を示すために北条を名乗ったようです。実際、人々は鎌倉幕府執権の北条家に連なる家系だと、思い込んだのでしょう。この名前のおかげか、北条家は天正18(1590)年に豊臣秀吉に滅ぼされるまで、存続しました。あえなく失職したショーンK氏とは、明暗くっきりです。 ちなみに早雲…

「日本史『意外な結末』大全」日本博学倶楽部著


その他、落馬による脳出血といわれる源頼朝の死の真相や、竹中半兵衛が信長の命に背いて人質だった黒田長政をかくまったが故に明治維新まで存続することができた竹中家と黒田家の知られざる絆など、古代から近代まで190のエピソードを収録。(PHP研究所 820円+税)…

能年玲奈(左)と葛西紀明

【能年玲奈】山陽地方に点在 由来は兵庫姫路の南畝村


葛西一族は源平合戦で源頼朝に従ったことから、鎌倉幕府成立後は東北地方に広大な領地をもらって移り住んで繁栄、今でも葛西さんは東京付近とともに青森県に集中している。 明治維新後、北海道には東北地方から大量に移住した。葛西さんもこうして北海道に移り住んだのだろう。…

左から土屋太鳳、神田沙也加、黒田博樹

【土屋太凰】神奈川県平塚市にある地名が発祥


桓武平氏の一族で源頼朝に従った宗遠が、この地に住んで土屋を名乗ったのが始まり。 一部は甲斐国に移って武田氏に仕え、武田信玄の重臣として活躍、江戸時代の土浦藩主や、赤穂浪士の討ち入りの際に吉良邸の隣で明かりを掲げて、討ち入りを助けたとされる旗本土屋主税はその子孫。 長野県東部に多い土屋一族も甲斐土屋氏の一族が移り住んだものとされるなど、土屋姓の多くは平塚発祥の土屋氏の末裔と伝えている。 ■神田沙也…

駅前平和通り商店街/(C)日刊ゲンダイ

一人旅のOL、女子大生がワンサカ…そうだ熱海に行こう!


源頼朝と北条政子が逢瀬を重ねた逸話もあり、縁結びの神社として知られる。 駅前には無料の熱海コンシェルジュ(観光案内)が年中無休で待機。行き先や周辺観光施設を教えてくれる。 「20代の若者にとって熱海は、性風俗のイメージはほとんどなく、気軽に行ける温泉リゾート場として人気です。一方、40代、50代の人は、伊勢エビにアワビといった画一的な料理を思い浮かべるでしょうが、今はサービスも洗練されている。も…

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