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上杉謙信特集

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【上杉謙信編】時代は変われど「健康第一」は働く者の鉄則


川中島の合戦では武田信玄と戦ったことで知られる上杉謙信。“越後の龍”という異名を持ち、また義侠の数々の逸話を持つ謙信ですが、本日は反面教師として学んで参ります。 越後守護代・長尾為景の次男として生まれ、幼少の頃は林泉寺に入り、修行をしていたとされます。しかし、父の死後、家督を継いだ兄に越後をまとめる才覚はなく、景虎(謙信)が15歳で初陣を飾り、その後も近辺の反乱を鎮圧する活躍を見せたことで、家督…

「千利休切腹」の原因は豊臣秀吉との身長格差だった?


他にも、低身長症だった山本勘助や徳川綱吉、実は両目の眼球が保たれていた独眼竜・伊達政宗、肥満体で高血圧の疑いが濃厚な上杉謙信など、偉人たちの実像を明らかにしていく。…

イラスト・小川純菜

石坂浩二も共感? 信長に利用されただけで終わった足利義昭


彼は武田信玄や上杉謙信に、密かに「御内書」(将軍の私的書簡)を発し、「信長を倒せ」と命じます。 その結果、本願寺11世の顕如までもが、門徒を糾合、畿内の三好三人衆と手を組むありさま。こうして各地の一向一揆、武田信玄、毛利輝元などによる「信長包囲網」がつくられました。 ところが元亀4(1573)年4月、信玄が急死します。義昭は宇治の槇島で挙兵したものの、腹心の細川藤孝と明智光秀にも見放され、ついに…

「愛と夜の日本史スキャンダル」堀江宏樹著


藤原家の栄華をたたえる「大鏡」に記されたというこの逸話をはじめ、憎き政敵とも平気で寝たという道長の直系子孫・頼長が書き残し、あまりの過激な性描写に現在も一部が公開自粛中という「台記」、「一生不犯」と女性とのセックスレスを宣言した前代未聞の戦国大名・上杉謙信、そして伊藤博文と女子学習院長・下田歌子との関係など。平安から明治まで学校では教えてくれない夜の歴史を学ぶ。(KKベストセラーズ 740円+税…

武田信玄像

【武田信玄】ライバルだけを意識していると本来の目的を見失う


前回、上杉謙信をご紹介いたしましたが、その好敵手であったのが武田信玄。謙信は信玄の死を知らされたとき、持っていた箸をバッタと落とし「アァ、惜しい好敵手を失った」と言ったといいます。本日は、信玄からライバルとの付き合い方について学んでまいりましょう。 日刊ゲンダイの名物コラム、五木寛之氏の「流されゆく日々」でも書かれていましたが、作家の故・野坂昭如氏は、かつて五木氏との対談において、「五木とぼくが…

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人生を救う言葉編


登場するのは、デカルト、釈迦、上杉謙信、ゲーテ、サルトル、ダンテ、プラトン、ヘミングウェー、ドラッカー、ホーキングなどのそうそうたる面々。彼らが残した言葉が生まれた背景や、今を生きる現代人がそれらの言葉をどう生かしたらいいのかについての解説もついている。 「『今でなくとも』が『ついにとうとう』になることは実に早い」という宗教家のルターの言葉に背中を押されて立ち上がり、「過ちがないことではなく、過…

左から渡辺麻友、羽生結弦、桐生祥秀

【渡辺麻友】全国5位。由来は一つで大阪のど真ん中の地名


戦国時代には有力な一族で、越後の上杉謙信が関東に侵攻した際は、桐生助綱は謙信に従っている。しかし、助綱の養子親綱の代に由良氏に敗れて落城、国人としての桐生氏は滅亡した。 その後、桐生一族は越後に移り住んだものが多かったらしく、現在では群馬県よりも新潟県の方に多い。なお、「きり」とは「切り開く」という意味で、「きりゅう」は新しく開墾した場所を指すといわれる。…

海道龍太朗氏

「室町耽美抄 花鏡」海道龍一朗氏


織田信長を相手に活躍する禁中御庭者を描く「乱世疾走」、武田信玄と上杉謙信の戦いを描く「天佑、我にあり」など著書多数。…

「村上海賊の娘(上・下)」和田竜著


信長に攻撃の口実を与えたくない毛利家の重臣・小早川隆景は、上杉謙信の動向を見極めてから結論を出したい。だが、衆議で当主の輝元は村上海賊の力を借り兵糧を海送するという案を了承してしまう。3家からなる村上海賊の因島と来島の2家は既に毛利家の息がかかっているが、筆頭格の能島だけは独立を保っていた。能島村上の当主・武吉を口説くために島に向かう隆景の家臣・乃美の前に、男勝りの武吉の娘・景が率いる海賊たちの…

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