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瀬古利彦特集

青学大陸上部監督の原晋氏

青学大・原晋監督「革命宣言」

「世界のトップで戦うための“総本山的組織”を作りたい」

往年の名ランナーでDeNAランニングクラブ総監督の瀬古利彦氏をリーダーに据えて改革に乗り出した。実績もあり、知名度抜群の瀬古氏の手腕の見せどころだが、瀬古氏個人にオンブにダッコではなく、長距離界全体の意識革命が必要となってくる。そんな中、先進的な発想と前例にとらわれない実行力で大学陸上界をグイグイと引っ張っているのが、青山学院大陸上部・原晋監督(49)である。10日…

中山竹通さんとライバル関係だった瀬古利彦氏

21歳で結論 打倒・瀬古利彦には“つま先走法”

(つづく)…

防府読売マラソンで3位に終り、報道陣の質問に答える川内

川内優輝は中13日で2レース 実業団から“2世”なぜ出ない

低迷する国内マラソンの立て直しを託された長距離・マラソン強化戦略プロジェクトの瀬古利彦リーダーも、世界と国内とのレベルは十分認識しているが、20年東京五輪では入賞者(8位以内)ぐらいは出したい。川内のように間隔を詰めてレースに出ろとは言わないまでも、「実業団選手はもっと本気でマラソンの練習をやって欲しい」と語っている。 瀬古リーダーは福岡国際の激走のあと、100キ…

川内優輝

スポーツ時々放談

東京五輪は“マラソンの妙”をクローズアップするチャンス

11月に日本陸連の長距離・マラソン強化戦略プロジェクトリーダーに就任したばかりの瀬古利彦氏も絶賛で、来年の世界陸上代表入りは間違いない。 今回の川内の貢献は2つある。かつてボストンと双璧をなした福岡国際も、最近はスポンサー離れに苦しみ、唯一の注目選手だった川内が直前に肉離れ……。来年からの大型スポンサーのメドも立った折、人気をつなぎとめた必死走はうれしい。もうひとつ…

日本勢トップの3位に入った川内優輝

市民ランナー川内の3位で浮き彫り 実業団選手の低レベル

今大会のテレビ解説を務めた日本陸連の長距離・マラソン強化戦略プロジェクトリーダーでもある瀬古利彦氏が口癖のように言っていることだが、今の選手はマラソンの練習量が驚くほど少ない。 これまで400ものレースを走ってきた川内は、トレーニングで80キロから100キロ走も行っている。こんな選手は実業団には皆無だし、指導者も故障されたら困るのでマラソン強化の練習はあまりやらな…

15年福岡国際では3位の佐々木もリオでは…

福岡国際もローカル大会に 日本マラソンが陥る“負の連鎖”

宗茂・猛兄弟や瀬古利彦、中山竹通らがしのぎを削った80年代は、国内レースでもテレビ中継の平均視聴率は40%を超えることもあった。 今はどうか。ある陸連関係者がこう言った。 「かつては、ボストンか福岡かといわれていたものです。それが今は、ローカル大会になってしまった」 リオ五輪代表の選考レースだった昨年でも同9.9%、一昨年は同7・6%(ビデオリサーチ調べ)と、さら…

リオ五輪は惨敗だったが

東京五輪で問題にすべきはマラソンコースだ

トカゲのしっぽ切りで済ませようと、長距離は瀬古利彦を担ぎ出し、マラソン担当部長として高岡寿成(カネボウ監督)と山下佐知子(第一生命監督)で4年後に備えるそうだ。 真面目な指導者だが、世界のマラソンはスピード化に拍車がかかって男子は2時間2分台をターゲットにし、一方で、東京大会の目標記録は2時間15分から20分。夏のマラソン論議もせずに何を期待するのか、ゴールは陽炎の…

86年アジア大会(ソウル)男子マラソンで優勝した中山

暮れの五輪選考レースは3月にもう始まっていた

ソウルオリンピック前年で、どうしても瀬古利彦さんの記録、27分42秒を破っておきたかった。 ソウルの代表選考は、暮れの福岡国際マラソンの一発勝負に決まっていました。主催者側の事情で、東京、びわ湖も代表選考レースになっていましたが、すっきり決めようと、選手の間では福岡での一発勝負ということで決まっていたんです。 ぼくと佐藤進コーチが立てた計画は、瀬古さんが持つ1万メー…

92年バルセロナ五輪は4位

秋から冬の競技なのに夏を最大目標にする本末転倒

この年はロサンゼルスオリンピックの代表選考会で、瀬古利彦さんが優勝して、宗茂さん、宗猛さんと続き、理想的な代表選考といわれた大会です。ぼくは14位に入り、翌84年に初優勝しました。ロスに行った3人が出なかったので、優勝しても、エース不在みたいな言い方をされたのを覚えています。 もちろん、オリンピックは目指しましたが、当時はいまのように代表選考会がすべてという考えはな…

リオ五輪女子マラソンでゴール後、笑顔で取材を受ける福士

「自分はプロ」と言ったらコーチに叱られた

瀬古利彦さんも、宗茂さん、猛さんたちにしても、80年代のマラソン選手はみな、自分はプロだと思っていたはずです。実際、あの時代に陸上競技はアマチュアからプロ競技になりました。カール・ルイスやジョイナー、ブブカとかモタ、みんなプロです。 有森裕子さんがプロ宣言したとき、彼女に言ったことがあるんです。ぼくらはみんなプロだったよって。プロはお金とかそういうことじゃない。その…

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