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森繁特集

左は当時のポスター(本人提供)/(C)日刊ゲンダイ

岡崎友紀さんがまざまざ見せられた故森繁久弥氏の“プロ魂”


森繁御大は、岡崎がまだ芸能界に入る前から、岡崎の母親の知人だったという。 森繁がまだ本格的に俳優活動を始める前、NHKのアナウンサーとして満州放送局に勤務していたのは有名な話だが、岡崎の母も当時、同局に勤務していた同僚だった。 「私が小さい頃には、母に連れられて千歳船橋の豪邸にお邪魔したこともあったし、森繁さんが森繁劇団を旗揚げされた時には、同じく母に連れられて明治座の楽屋をお訪ねしたのを覚えて…

森繁久弥がマッチ棒でメッセージをしたためた

デビューほやほやの榊原郁恵に森繁久弥が授けた“金言”


榊原郁恵さん(55)が、あの俳優・森繁久弥さん(享年96)からもらったサイン色紙には、先達の教えが添えられていた。それは時が経てば経つほど重みを増す、人生訓ならぬ“芸能訓”だった。デビュー39年目を迎えた今でも、その金言がマルチタレントとして活躍中の榊原さんを支えている。 1976年の「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリに輝いた榊原さんがデビューしたのは、翌年1月1日。 「デ…

ハイテンション演技は徹子そのもの

満島ひかりが好演 「トットてれび」が伝える時代の熱気


森繁久弥(吉田鋼太郎)、渥美清(中村獅童)、沢村貞子(岸本加世子)らが“成りきり”で競い合う。22歳の黒柳さんが接した森繁は「近所のちょっとエッチなおじさん」という印象。接した女性全部に(黒柳さんにも)、「ね、一回どう?」とコナをかける様子が笑える。 黒柳さんの自分史は、そのままテレビの歴史と重なる。全7回で終わりじゃモッタイナイ。…

辺真一氏(左)と二木啓孝氏

ゲスト 辺真一さん学生時代、ESSで後輩の奥田瑛二さんに演技を教え込んだ!


もともと森繁さんの屋根の上のバイオリン弾きとか、宇野重吉演出の劇が好きだったので、演劇の世界にのめりこんでいきました。 二木 当時(1960年代後半)、在日朝鮮人や在日韓国人の方にとって就職の道は険しかったでしょう。 辺 就職の自由はなかったですね。大手企業、公務員、教職すべて門が閉ざされていました。 二木 そうした状況で、役者を目指されたのですか。 辺 いやいや、背は小さいし、顔も自信がなかっ…

水戸黄門のすべてを知る男

里見浩太朗 役作りのため「1日5食」で10キロ増


「僕が念願の大石内蔵助を演じた『忠臣蔵』では、吉良上野介を森繁久弥さんにお願いする際、テレビ局の重役もさすがに敵役でご出演をと言い出せなくて、結局、僕が森繁さんの楽屋に頼みに行ったんです。緊張しましたよ。一度目はジロリとにらまれて『帰れ!』と一言。それでもめげずに脚本の杉山義法さんに助けてもらいながら、やっとOKをもらいました。放送時間が『紅白歌合戦』とぶつかりながら、高視聴率を記録したときは…

「今でも(人の好き嫌いが)強いですよ。抹殺したくなるんですよ」by 樹木希林


その現場で出会ったのが、当時49歳で脂の乗り切った森繁久弥だった。 冒頭の番組で樹木は「色っぽいし、話が面白いし、嫌な部分も見事な部分も全部見せてもらった」と振り返った。 「死ぬか生きるかの時に『ウフ』って笑うようなこと」が、面白いということを森繁から学んだ。「その出会いが大きかった」と樹木は言う。 森繁の教えを胸に20代の頃、早くも「寺内貫太郎一家」(TBS)で老け役を演じると、女優として唯一…

(C)日刊ゲンダイ

森繁久弥がこぼした愚痴


【海峡(1982年・東宝)】 青函トンネルの掘削をテーマにした大作で、共演は森繁久弥、吉永小百合。監督は黒沢明の弟子だった森谷司郎。森谷は高倉健と「八甲田山」「動乱」で一緒に仕事をしている。 主人公はトンネル掘削にかかわる国鉄の技術調査員。森繁久弥はトンネル掘りの老職人だ。スペクタクルなシーンが満載の映画だが、これについて、高倉健本人がしゃべったのは次のひとことだけである。 「あれは大変な現場だ…

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