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三波伸介特集

2代目三波伸介さん

2代目三波伸介さん 「笑点」司会務めた先代の思い出語る


だが、「びっくりしたなぁ、もう」のギャグで知られる3代目司会、故・三波伸介(享年52)が記録した40.5%の視聴率には到底かなわない。その長男(52歳)が7年前、2代目三波伸介を襲名した。ドラマや映画でも活躍したが、今どうしているのか。 2代目に会ったのは、JR中野駅から車で5分ほどの和食店。 「先代が建てた新宿の14SLDKの一軒家は維持費が大変で。先代が亡くなって20年くらい経ってから手放し…

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見事な“臨時司会”が三波伸介の就任につながった


その時、前田に代わって臨時の司会者として大喜利を仕切ったのが、演芸のゲストだったてんぷくトリオの三波伸介である。 その仕切りが見事だったことが、70年12月の前田降板、三波の司会者就任につながる。 司会の交代を機に大喜利のメンバーが整理された。桂歌丸、三遊亭小円遊、柳家小きん(後のつば女)、林家木久蔵(現・木久扇)は残り、三遊亭円楽が復帰して、新たに三遊亭円窓が加わり6人になった。72年、小きん…

女のコを熱狂させたずうとるび(左写真・右端が本人)の池田義彦さん

元「ずうとるび」池田善彦さん 休日は愛娘と“ごっこ遊び”


三波伸介の凸凹大学校」(テレビ東京系)などのバラエティーでも活躍したが、82年のずうとるび解散後、見なくなった。今どうしているのか。 ■28歳で芸能界を引退しパブをオープン 会ったのはJR中野駅南口から徒歩2分のバー「Y's PaPa」。半地下にある店のドアを開け、記者を中に招き入れた池田さん、意外と小柄で、実にすっきり、スリムだ。 「164センチ、54キロです。ずうとるび当時はガリガリの49…

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自費6億円を投じた寄席は経営不振で4年で閉館


それからは地方を回ったりして、ドサ回りと陰口を叩かれもした」(演芸記者) 83年、前任の三波伸介の死を契機に、「笑点」司会者に。さらに一念発起し、寄席に出られない円楽一門のため、自費6億円を投じて江東区に寄席「若竹」をつくった。ところが経営不振で、4年後には閉館。一部では3億円の借金が残ったと噂された。 「閉館の際、円楽は気丈に挨拶しましたが、裏では、こらえきれずに嗚咽を漏らしていました。悔し泣…

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“瞬間湯沸かし器”だった「笑点」の顔


歴代司会者は立川談志、前田武彦、三波伸介と続くが、最長23年間、司会を務めたのが5代目三遊亭円楽師匠だった。その名跡を襲名したのが、先ごろ不倫騒動を報じられた6代目円楽(旧・楽太郎)。「ウマヅラ」とはやされても、自ら「星の王子様」と名乗っていた5代目は、名実ともに「笑点」の顔だった。しかし2009年10月、肺がんのため帰らぬ人となった。 笑点メンバーの三遊亭小遊三が語る。 「円楽師匠には、本当に…

若者に人気の小説に目をつけた三遊亭円楽

まず先代円楽が「星の王子さま」で人気者になって


三波伸介司会の新体制になって、大喜利のメンバーはそれぞれのキャラクターを設定し直した。当初は落語に登場する長屋の住人になぞらえ、司会の三波は大家さん、歌丸が小言幸兵衛、小円遊がキザな若旦那、円楽が物知りの学者先生、こん平が田舎者の権助、木久蔵が与太郎という役どころだった。ただ、これは落語マニアには分かるが、女性や若い視聴者には分かりづらい。そこでメンバーそれぞれが独自に新キャラを考えた。 まず、…

引退する桂歌丸と後任に浮上するタモリ、三遊亭小遊三

笑点引退 桂歌丸の後任司会に「外部なら本命タモリ」の声


かつては前田武彦や三波伸介などが司会を務めたことがある。 「そういう意味では太田の可能性も皆無じゃないけど、年齢的にちょっとね。かといってたけしさんは受けないでしょう。期待も込めて僕が“本命”と見てるのはタモリさん(70)。意外なところでは三波さんのセンで、伊東四朗さん(78)というのもあるかもしれません」(前出の吉川氏) では、内部昇格の場合はどうか。 「これもねぇ、円楽が有力候補だそうだけど…

飲み方がガラリ(提供写真)

昔ヘネシー、今ホッピー 「ずうとるび」江藤博利の酒人生


また、バラエティーにも「笑って笑って60分」や「三波伸介の凸凹大学校」など多数出演。85年からはタレント、俳優として活動。 ▽舞台情報…昭和歌謡コメディー「築地ソバ屋笑福寺」。出演=江藤博利、林寛子、大場久美子。3月19日(水)~23日(日)、築地本願寺ブディストホール、チケット4500円(税込み)。昭和のアイドル3人が繰り広げる歌謡コメディー(2部はトーク&ミニ歌謡ショー)。公演時間などは公式…

晩年はうつ病に悩まされていた

自宅マンションから飛び降り自殺したポール牧の苦悩


かつての相方、関武志や三波伸介、東八郎などが次々と物故する中、ほとんど最後の世代の浅草の軽演劇界の生き残り芸人だった。キザな風貌やホラ話の話芸で人気を博した。しかし、その人生は波乱に富んだものだった。41年に北海道の寺の息子として生まれ、10歳で出家得度。12歳の時から父に代わり、住職代理を務めるも、17歳の時にコメディアンを目指して上京した。 漫談家・牧野周一に弟子入り。その後、榎本健一、は…

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