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辺見マリ特集

シングルマザーとして芸能界に復帰した

離婚後、復帰したら「辺見マリが戻った」と話題に


「あの辺見マリが戻ってきた!」と話題にしてもらいましたし、いわゆる営業の値段も、私のキャリアにしてみれば、かなりいいランク。テレビ出演やレコーディングの仕事もいただきました。 時代的には「歌」がバラエティーの中心だった70年代が過ぎ、テレビの世界にも漫才ブームなどの新しい風が吹き始めていました。それでも求めてもらえたのはうれしいことでした。 ■家族と過ごす時間が極端に少なくなって…… 仕事が順…

以前だったら絶対に受けなかったような仕事も…

5億円超を拝み屋につぎ込みヘアヌード写真集も発売


それまでは、もし今やっていることがバレたら「歌手・辺見マリ」の名前が汚れてしまうと恐れてもいたのです。 ようやく騙されていたと自覚し、徐々に自分を取り戻し始めました。戻ってこれた最大の理由は、そんな時でも家族が私を見放さずにいてくれたからでしょう。父と母、そして息子とえみりにはどれだけ感謝してもしきれません。…

辺見マリと両親

貯金した分は“なかったもの”とする堅実派だったのに


デビュー時の「歌手・辺見マリ」は、セクシーで派手なイメージがあったかもしれません。ところが、もともとの私は、「石橋を叩いて叩いて、それでも渡らない」というくらい堅実な性格だったのです。 この感覚はやっぱり両親の影響なのでしょう。母は私を産んですぐ離婚しており、当初は女手ひとつで家計を支えていましたから、お金のない苦労は骨身に染みています。そんな母が再婚した父も、穏やかで無駄遣いをするようなとこ…

「歌手の辺見マリ」というイメージが重荷に…

家を空けることが多くなり“3回目の蒸発”で離婚を決断


どこかで「歌手の辺見マリ」という派手なイメージを持たれていたのかもしれません。お墓へのお参りを許してもらえないなど、嫁として認められていない雰囲気をずっと感じていたんです。 一人で家に閉じこもり悩む毎日でした。そんなある日、息子が近づいてきて「お母さん大丈夫だよ、僕がついてるから」と言うんです。まだ幼稚園に通っていた幼い息子に慰められるほど、追い詰められていたんですね。 そんなこともあって、とに…

辺見マリ

壮絶“洗脳話”が大反響 今なぜ私は話すのか


まさに波瀾万丈といえる人生を送ってきた歌手・辺見マリ。1969年に歌手デビューし、瞬く間にトップスターとなったものの、わずか2年で結婚して芸能界を引退。2児を出産後、81年に離婚して芸能界に復帰。そして大きな話題となったマインドコントロールによる地獄の日々――。 辺見さんは壮絶な体験を通じて何を考え、何を得てきたのか。「きれいごとでは語り尽くせない」という半生をじっくり振り返ってもらう。 ■昨年…

無傷では済まない…

能年玲奈「芸能界引退」危機…降って湧いた“洗脳騒動”の背景


芸能界では中島以外でも過去には辺見マリが「拝み屋」と称する人物に入れあげて13年間で5億円を吸い取られたり、つい先日も元宝塚女優・毬谷友子が深夜番組で、35歳のころに雇った家政婦に心酔し、着物やアクセサリー類を盗まれ続けていたことを告白して話題になった。 彼女たちに共通するのは華やかな芸能界にいながら「孤独」と隣り合わせということだろう。能年も中学卒業後に兵庫から上京。芸能界に友達が一人もいない…

フルボトルを1日1本空けるほどのワイン好き/(C)日刊ゲンダイ

47年前にカンヌで開眼 酒井政利氏が語る「ワインの思い出」


東芝EMIが奥村チヨ、黛ジュン、日本コロムビアは辺見マリ、ちあきなおみといったポップス調だけど、やや大人の雰囲気の歌手を売り出して成功していましたから、私たちはまったく別のヤングポップス路線でいこうと決めていたのです。 新興勢力としてトップを狙っていたソニーは、現場の私たちの感性を磨くためというか、凄く力を入れて下さいました。そのひとつがフランスへの研修旅行でした。会社の意気込みがわかろうという…

政井マヤとイベント出席/(C)日刊ゲンダイ

1児の母の辺見えみり 娘の将来は「できれば芸能界以外で」


孫を溺愛する辺見マリ(63)にも触れ、「マリさんはねえ。本当は足腰弱っているのに外見が若いから(周囲から)いたわってもらえないようで、かわいそうですよ」。 親子3代ドラマで共演なんて話はなしですか。…

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