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古賀政男特集

デビュー46年目/(C)日刊ゲンダイ

「後悔反省は数え切れない」 いまだ現役、大川榮策の酒人生


古賀政男先生の「飲まれちゃいかん」の教えに背き… 佐賀商業高校卒業とともに上京し、同じ福岡県大川市出身の師匠、古賀政男先生(作曲家)に弟子入りして数年という頃、「大いに飲んで構わんが、飲まれちゃいかん。人に迷惑をかけるな」との教えに背き、またしても、やらかしてしまった。反省し、自分で自分の頭をポカリとやったのを覚えています。 そして立ち上がり、またその日のステージへ向かう。休みナシ。デパート…

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連載10052回 戦前 戦中の短い記憶


古関裕而、佐佐木信綱、信時潔、古賀政男、西條八十、高木東六、中山晋平、北原白秋、服部良一、大木惇夫、山田耕筰、などなど、すぐれたアーチストが参加することで戦時歌謡は独自の成熟を見たといっていい。 それは単に戦時中の軍部や政府の宣伝広報活動の域をこえて、国民全体の戦意を昂揚したのである。 歩け、歩け、というのも、軍人となる国民の体力を増強し、血の一滴といわれたガソリンの節約をうながす運動の一環だ…

最初は役者志望だった

美川憲一 事務所をクビになった時に土下座してくれた母


ところが、そのころ、たまたま行ったジャズ喫茶で作曲家の古賀政男先生のマネジャーの方と知り合って、「発声の練習とかをしたいなら古賀先生を紹介するよ」って言われたのよ。それでレッスンに行くようになったら古賀先生からも「いい声してるね。もしこのまま頑張るつもりなら、ウチで青春歌謡を歌ってレコードも出せるよ」っておっしゃっていただいて。 でも、「声がいい」なんていうのは昔から言われてたし(笑い)、ずっ…

ギターと出合わなければ“格さん”もいなかった

落第生だった伊吹吾郎にチャンスを運んだ“ギターの音色”


職員室から古賀政男さんのギターのメロディーが聞こえてきたのでのぞいたら、国語の永田秀郎先生でした。その音色に感動してその場で「教えてください」って頼み込み、親に3000円のスチール弦ギターを買ってもらいました。それからは時間を忘れて弾いていたね。 その後、永田先生の紹介で、釧路日赤病院の耳鼻科の先生にクラシックギターの個人レッスンを受けるようになって、本格的に習得。 さらにフラメンコギターにハマ…

「悲しい酒は飲みたくない」と鶴岡雅義さん

二日酔い未経験 作曲家の鶴岡雅義さんが語る“飲み方の流儀”


だから恩師の古賀政男先生の代表作に「悲しい酒」という名曲がありますが、そういう酒は飲みたくないな。…

芸能生活51年

「ラスボス」でファン拡大 小林幸子が傾けた思い出のコップ酒


TBSの素人参加番組「歌まね読本」で優勝したのがきっかけで歌謡界の大御所、古賀政男先生にスカウトされ、10歳だった64年6月にデビュー曲「ウソツキ鴎」をリリース。これがスマッシュヒットして、映画やテレビドラマの子役などもいただきましたから。ところが、2曲目以降ずっと鳴かず飛ばず。10代はひたすらキャンペーンでレコード店や、年を偽りキャバレー回りなどをしてました。 売れなかった時代は正直、すごくつ…

ジャズボーカリストとしても知られる/(C)日刊ゲンダイ

物マネ芸の団しん也 世界遺産「富岡ふるさと大使」で奔走中


高校3年のとき、素人モノマネ番組「歌まね読本」(TBS系)での優勝をきっかけに作曲家の古賀政男の内弟子となり、「あいつにゃあいつの夢がある」で歌手デビューした。 「不肖の弟子でさ。歌の勉強の代わりにモノマネばっかりやって、おまけに役者に憧れ、東宝芸能学校に通ってた。東宝では西岡徳馬が同期だったよ。そんなことで先生に呆れられつつも、どうにか歌手デビューを果たしたんだけど、歌の世界はそんなに甘くはな…

歌手で作曲家の平尾昌晃

作曲家・歌手の平尾昌晃 “ドロ沼離婚”の末に幼妻とデキ婚


25日、昭和歌謡を代表する作曲家の古賀政男が急性心不全で死去。73歳だった。29日、隅田川花火が17年ぶりに復活。80万人が見物に訪れた。…

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