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永六輔特集

会見で父・永六輔さん(右)との思い出を語る次女の真理さん

永六輔さん大往生 作品の底流に「反権力」の気骨と反骨

「上を向いて歩こう」「黒い花びら」など大ヒットソングの作詞、放送作家、文筆業、ラジオパーソナリティーと多岐にわたって活躍した永六輔さんが7日に亡くなっていた。享年83。数年前からパーキンソン病と前立腺がんを患い車椅子での生活だったが、最後までラジオ番組への出演を熱望していたという。 すでに永さんの実家の浅草・最尊寺で家族葬が営まれ、後日、お別れの会が開かれる。 早大…

故・永六輔さんはギャハハと笑っていた

戯作者・松崎菊也が永六輔さんに捧げる「“永七輔”語録」

永六輔さんラジオ語録。 「栗せんべい売っていた老夫婦を、厚生省が栗の入っていないせんべいの製造販売は不当表示になると規制をかけたのね。これとっっってもおかしいでしょ? じゃハトサブレには鳩が入ってんのか、メロンパンにメロンが入ってんのか」 喝采。 わたくしは同じTBSの夕方「荒川強啓デイ・キャッチ!」で、ときどき永七輔と名乗り、永さんの言いそうな世の中の重箱の隅をつ…

永六輔(左)への感謝を語る木の実ナナ

今あるのはあの人のおかげ

ファンであり批評家 木の実ナナを励ました“永六輔の手紙”

そんな木の実さんを10代のころから陰に日なたに応援してくれたのは作家でパーソナリティーの永六輔さん(83)だった。 ■大先輩からの手紙が励みに 「あなたほど粋な女優はいない。登場したシーンがなんと鮮やかで粋だったことか……」 こんなお手紙を永(六輔)さんから頂いたのは、日劇恒例の「夏のおどり」に出演していた20歳になる少し前。それも、「すぐに読んで欲しいから」とマネ…

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流されゆく日々

連載9967回 永六輔の残したもの

いずれにせよ、故・永六輔さんの特集らしいから、素直に出ることにしたのである。 永さんの思い出話や人柄を語るのであれば、私などよりはるかに交流も深く、長年の仕事仲間も沢山いるはずだ。そういうかたたちからの追悼の記事や番組などは、すでにいくつも発表されている。私は例によって水の如く淡く、細く長いつきあいなので、個人的な話はその任でない、と最初は辞退したのだが、スタッフと…

永六輔さんはテレビ草創期からの功労者

あれもこれも言わせて

テレビはきちんと永六輔さんを追悼するべきだ

7日、永六輔さんが亡くなった。訃報が流れたのは11日。翌日のワイドショーはさぞや永さんの話題でもちきりになるに違いないと思って見ていたが、どの局もトップニュースは石田純一の都知事選出馬断念や、ザ・ピーナッツ伊藤ユミさん死去の話などで、永さんの訃報をなかなかやらない。 例えば「とくダネ!」(フジテレビ系)。オープニングは二足歩行するツキノワグマの話題。そして、フランス…

新書あらかると

「永六輔の伝言」矢崎泰久著

亡くなった永六輔氏が、戦後の放送文化を共につくりあげてきた盟友たちとの交流をつづった人名録。 国民的映画スター、渥美清との出会いは、2人がまだ芸能界に足を踏み入れる前の少年時代だった。戦後、小遣い稼ぎのために永ががれきの中から集めた鉄くずなどを買ってくれた元締が、5歳年上の渥美だったという。補導されたときの警官の一言がきっかけという渥美の芸能界入りのエピソードや、永…

永六輔(左)と大橋巨泉、2人ともまだまだ現役

激ヤセ姿でTV共演 永六輔&大橋巨泉に業界から称賛の嵐

4日放送の「徹子の部屋」(テレビ朝日系)にそろって登場した永六輔(82)と大橋巨泉(81)に「よく出た」「リッパ」と称賛の声が上がっている。黒柳徹子(82)自身が「最高の出来上がりではないのに」と言った通り、巨泉は頬がゲッソリ、永も6年前にかかったパーキンソン病の影響からか、口は開けっ放しだったのに、見かけとは裏腹、話し言葉はシッカリしていたからだ。 巨泉は激ヤセし…

2週に一度はハリ治療を

9月で長寿番組終了も心配無用 82歳・永六輔「健康の秘訣」

先日、終了が発表された「土曜ワイドラジオTOKYO」(TBSラジオ)で24年半パーソナリティーを担当してきた永六輔(82)のことだ。「土曜ワイド」の最終回は9月26日だが、9月28日からは新番組をレギュラーで担当するというから、健康面の不安はなさそうだ。 「10年に発症したパーキンソン病の影響で体調の波はあるようですが、本人はいたって元気です。毎週のラジオ放送のほか…

意外な繋がりが/(C)日刊ゲンダイ

今あるのはあの人のおかげ

下積み時代の清水ミチコを親身になって叱ったのは永六輔

新人が出る日曜日に永六輔さんがいらしてたんです。永さんはジァン・ジァンでプロデュースもしていて、新人が出る時などは、たまに見にいらしてたらしくて。 終わった後、永さんから話しかけてくれて、「芸はプロだけど、生き方はアマチュア」と注意してくれた。私、ネタの最後に照れちゃって「じゃ、これで……」とお辞儀もせず帰っちゃって。「お辞儀がちゃんとできてこそ芸人だから」と言って…

(上から時計回りに)小川宏氏、武田圭吾氏、大橋巨泉氏、永六輔氏

さようなら2016年⇔ようこそ2017年

小川宏さんが最後まで語っていた“平和への祈り”

永六輔さん、大橋巨泉さんの“遺言” 「死んだっていうからおかしいんだよ。先に行っただけなんだから」(永六輔・エッセー「大往生」から) その永さんを追いかけるように亡くなった大橋巨泉さんは、「人間は子供を立派に育てることが一番大切なんです。それができないのは、人類はもう滅びる運命」と日刊ゲンダイで熱く語ったものだ。 そして、先日死去が伝えられたアナウンサーの小川宏…

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流されゆく日々

連載9979回 言葉が死語となるとき

メンバーは、前田武彦、永六輔、大橋巨泉、それに富田恵子の4人。 機関銃のように言葉が飛びかう新鮮なトーク番組だった。メンバーは出たり引っこんだりしたが、ときにゲストが加わることもあった。トーク番組としては、これが先駆者といっていいだろう。とにかく活気のある番組だった。 当時、仕事の打ち合わせがオーバーして、退席しなければならなくなったりすると、 「きょうの続きはま…

永六輔さんからの依頼で他局番組に出演

広瀬久美子 “1本の電話”から始まった永六輔さんとの交流

桝井論平さん(左はTBSのパーソナリティ時代)

あの人は今こうしている

TBSの名物DJだった桝井論平さん “平和”を訴え小論執筆も

ビックリして振り向いたら、永六輔さんじゃないですか。ボクは午前3時10分から始まる第2部担当で、1部が永さんだった。帰りのタクシーでボクの絶叫放送を聞き、肩に力が入り過ぎてると心配し、引き返して来てくださったんです。それまで局アナの意地にかけて永六輔には負けられないと思ってたのが、いっぺんで永さんに心酔し、大恩人になりました」 ちなみに、大恩人はもうひとりいて、哲学…

76歳でこの若さ!/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

元TBSアナ鈴木史朗さんは今…ゲームの腕が「神の領域」に

永六輔さんがパーソナリティーを務めるTBSラジオの『土曜ワイド』に消えゆく銭湯を広めるコーナーがあり、お風呂に来る人に歌唱指導することになりましてね。局内にボクが歌がうまいという評判はあったみたいなんですが、きちんと習ったことはなかった。で、慌ててTBSのビル内にあったカラオケ道場に入校し、演歌とポップスと声楽の先生3人について特訓を受けて番組に出ました。そうし…

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散歩が趣味のウド鈴木「嫁探しで中野から四国まで…」

20代からハマっているが、ただブラブラと歩いていたわけではない!? ■永六輔の名言に触発 散歩を始めたキッカケは、20代までさかのぼる。山形県の高校卒業後に上京して、駆け出しの売れない芸人時代を中野区周辺で過ごした。 「永六輔サンの本に書かれていた『横町を曲がるだけでも旅である』という言葉に触発されたんですよ。名言でしょ~。確かに、家の近所にも曲がったことのない路地…

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流されゆく日々

連載10109回 話を盛るということ

青島幸男や永六輔のように、みずから出演して人気を集めるタレント作家もいた。 (この項つづく) ――協力・文芸企画…

左から永六輔、大橋巨泉、蜷川幸雄

あれもこれも言わせて

恩知らずなTVマンに代わり今年亡くなった有名人を追悼

「夢であいましょう」をバックに「この惑星の“昭和”と言われる時代には濃い~ヤツらが居たらしい」とナレーションが流れる中、「永六輔 昭和8年生まれ」「蜷川幸雄 昭和10年生まれ」「大橋巨泉 昭和9年生まれ」、今年亡くなった3人の在りし日の姿が映るのだ。 ラジオブースで語る永、稽古場で灰皿を投げる蜷川、「クイズダービー」で司会をする巨泉。そこに宇宙人ジョーンズが入り込む…

文化放送アナ時代

喜怒哀楽のサラリーマン時代

吉田照美さん 最初は小島一慶さんのマネだった

しかしまあ、当時のラジオには永六輔さんや久米宏さんなど、キラ星のごとく人材が揃っていました」 そんな吉田さんだが、入社5年目には伝説の深夜番組「セイ!ヤング」のパーソナリティーに抜擢された。 「3年で芽が出なかったら他部署に異動と言われてましたから正直うれしかったですね。当時は自主規制せず、『バカバカしいことを真剣に』『くだらないことを真面目に』と本気で考えた。『G…

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流されゆく日々

連載10037回 昭和ヒトケタ派の残影

野坂昭如、永六輔、大橋巨泉、などヒトケタ派がいっせいに退場して、世の中が急にさびしくなったような気がするのは、同じヒトケタ世代の勝手な感慨だろうか。 一般にこれらヒトケタ派は、あまり評判がよくない。わがままである、性格が悪い、上から目線でものを言う、デシャバリ、老害、などなど、いろんな批判があるが、それも当然だろう。 昭和7年(1932)だけを見ても、満州国建国を…

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流されゆく日々

連載10033回 CMソングからの旅立ち

(昨日のつづき) 永六輔/中村八大の六八コンビの歌が巷にあふれていた。その中でも、ことに印象ぶかかったのが、『遠くへ行きたい』だった。中村八大さんは、外地で生まれ育ち、戦後、内地へ引揚げてきた外地引揚派の一人である。それも私の故郷にちかい久留米に帰国し、やがて上京して早稲田に学んでいる。 永さんも冗談工房の主要メンバーで、早稲田マンだった。その二人の活躍を横目で見な…

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