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坂上二郎特集

自身の贋作がオークションで出回った

オークションに贋作が…片岡鶴太郎が衝撃の被害を告白


マッチや坂上二郎のモノマネをしていた鶴ちゃんも今や“大家”である。…

幼少期は内気で引っ込み思案な性格だった

あがり性で内気だった…萩本欽一“失敗続き”の下積み時代


そして、坂上二郎とコント55号を結成してから、運命の歯車が回り始めた。 開始3カ月で「向いてないから辞めろ」と言われたあがり性で内気な男が、日本一の売れっ子芸人になった。「なんでそうなるか」なんて、誰にも分からないのだ。…

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爆破予告犯に告ぐ ネットは一生晒し者になる街の真ん中だ


「コント55号」の萩本欽一と坂上二郎の司会で、テレビ局のスタジオを立食パーティー会場にして、東京都内にいるホームレスを何十人も招集し、局の大盤振る舞いで飲み食いさせ、好き勝手に歓談させたのだ。 欽ちゃんも彼らに交じって酒をつぎ回って機嫌をうかがい、いろんな言い分や悩みを聞いた。本番中、彼らの一人が「こんな所に呼んでもらったからってガツガツすんな、遠慮するもんだろ。みっともねえヤツだ」と他の人をな…

甘利前大臣(右)に現金を渡してパチリ

甘利氏を辞めさせた“告発者”激白 「現金は口利きの札金」


頭頂部がはげ上がり、故・坂上二郎氏によく似た柔和な表情は、一部メディアが“要注意人物”と伝えたコワモテの印象とかけ離れている。むしろ、穏やかな口調は、今は亡き映画評論家の淀川長治氏を彷彿させるほどだ。 「辞任会見で甘利さんは、2013年11月14日に渡した現金50万円について、『舌がん騒動で入金処理が年明けとなった』と説明したうえで、翌年2月4日に政治資金として適切に処理したと語りました。しかし…

「いかりや長介と萩本欽一を引きずり降ろすことしか考えてなかった」by ビートたけし


常識人の坂上二郎を変人の萩本が言いがかりのようなツッコミで追い込んでいく。それがコント55号のスタイルだった。 たけしはその毒が好きだった。それは浅草の修業で生まれたものだ。萩本が師事したのは東八郎。その東八郎に芸を教えたのが深見千三郎。たけしの師匠である。つまり、萩本はいわば深見の孫弟子であり、たけしは直弟子に当たる。 萩本はたけしの弟子であるガダルカナル・タカと共演した際、「自分の弟みたいな…

「運って前からこない。真裏からくるね」by 萩本欽一


しばらく経って東京に戻った日に、たまたま、先輩である坂上二郎に麻雀に誘われたのだ。 欽ちゃんは熱海での数カ月でネタを温めていた。そのネタを坂上に打ち明けると、それなら2人でやった方がいい、とコンビ結成を持ちかけられた。だが、内心は二郎さんとは「何があっても、この人とだけは組みたくない!」と思っていた。当時の坂上について、自伝「なんでそーなるの!」(日本文芸社=07年2月発売)でこう振り返っている…

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「ダメなやつほどダメじゃない」萩本欽一著


後にコント55号を組む坂上二郎との最悪の出会い、コンビ結成から解消までの日々、視聴率30%を連発した番組作りの舞台裏、家庭のこと、そして74歳で社会人入学したキャンパスライフまで。面白く、ちょっと切ない欽ちゃん節全開。「視聴率100%男」と呼ばれた国民的コメディアンの自伝。(日本経済新聞出版社 1500円+税)…

15日、自宅前に集まった報道陣(右)

愛川欽也に“重篤”情報…本意ではなかった「アド街」降板の裏


たしかに年も年だし、体力は落ちていましたが、容体が急変したのはつい最近のことのようです」 近年は愛川が属していた芸能人の親睦団体「昭和九年会」も坂上二郎(11年没)、長門裕之(11年没)、牧伸二(13年没)、山本文郎さん(14年没)らを失い、さらに映画「トラック野郎」で共演した菅原文太も昨年11月に死去。相次ぐ盟友の死が愛川の心身に与えた影響は想像に難くない。 「愛川自身も体調のことはわかってい…

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旧芸名「悠木千帆」をオークションで売った樹木希林


社名変更に伴い、テレビ朝日誕生記念特別番組「わが家の友だち10チャンネル徹子のナマナマ10時間半」も放送され、番組内のコーナー“にんげん縁日”では坂上二郎や野坂昭如らが参加してオークションが行われた。 社名変更に合わせたというわけではないが、そこに芸名の「悠木千帆」を出品したのが樹木希林(当時34)。当初は住んでいる家を売ろうかと思ったというが、番組では「わたしゃ(坂上)二郎さんのように歌も歌…

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