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河島英五特集

「幸せすぎて歌ができへん」と家を出て各地を放浪


♪お前が20才になったら~酒場でふたりで飲みたいものだ~ 河島英五の代表曲のひとつ「野風増」は、普段は男同士、照れもあってあまり面と向き合わない息子に対する思いを歌った父親の歌だ。数え切れない男たちに歌われ、今も歌い継がれているが、河島は自分の長男・翔馬さんの成人を祝うことなく、この世を去っている。享年48。翔馬さんは当時18歳であった。 「父の死から2年後、翔馬が成人式を迎えたときに父のお友達…

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河島英五 肝臓疾患から吐血、48歳の壮絶な最期


■2001年4月 「酒と泪と男と女」の大ヒットで知られるシンガー・ソングライター、河島英五。デビュー以来、4000回以上もライブをこなしていたが、2000年11月、関西での野外コンサートの後、風邪をひいたのをキッカケに体調を崩す。 その後は下痢もずっと続くようになり、夫人は「病院へ行ったほうがいい」と勧める。だが、スケジュールが詰まっていることを理由に市販の風邪薬を飲んでコンサートを続け、療養す…

さすが大阪! 聞くほどに涙がボロボロと


いや、河島英五の「酒と泪と男と女」、桑名正博の「月のあかり」もええで! という声が聞こえてきそうだ。 そういえば、今年61歳のBOROさんが大変だった、という噂を聞いた。ずっとC型肝炎で苦しんでいたが、2006年に上顎洞(上あごの中)に膿がたまって化膿する病気で5回の大手術。口の中を144針も縫ったという。その後10年には硬膜下血腫で生死をさまよう手術の後、1カ月後にはまた硬膜下に血液が吹き出し…

最後まで歌への情熱は冷めることはなかった

無理やり退院してステージに立った「父の遺言」


「人の思いを歌にすること」は、河島英五の、次女の亜奈睦(36)への遺言となった。 2001年4月16日の未明のことである。生まれたときから病弱で、30歳のときに余命宣告されていたものの、48という享年といい、河島本人はまだ死ぬとは思っていなかったのではないか。「そうかも知れませんね」と亜奈睦は言う。 「亡くなる6年ほど前に建てた郊外の家の庭ではガーデニングを楽しんだりしていました。この前年の野外…

年代、時代時代によって違った顔を見せた

“大人の男”というイメージで凝り固まるのを嫌った


河島英五が大ヒット曲「時代おくれ」を歌い始めた頃のこと。 ♪目立たぬように~はしゃがぬように~と、時の流れに浮足立つことなく、地道に生きていく男の覚悟は阿久悠作詞による。1986年の発売当時34歳の河島にとって、憧れの対象にはなったものの、なかなか自分の歌にはならなかった。 「発売当初に父が収録した音源を改めて聴いてみたところ、ちょっと恥ずかしがっている印象がありました。たしかにステージでは『負…

父に抱かれて

歌えと言われかたくなに拒んだ「酒と泪と男と女」


歌手・河島英五の次女で、同じく歌手の河島亜奈睦(36)に父の酒について聞くと、そう言って笑った。河島が48歳で亡くなって、15年。骨太で男くさいイメージとはちょっと違う実像と代表曲について語った。まずは「酒と泪と男と女」。 ◇ ◇ ◇ あの曲は父が18歳のとき、親戚の集まる席でつくったそうです。女は炊事場でお燗を温め、料理をつくり、男たちは居間で酒を酌み交わす姿をみて、男とは、女とは何だろうと思…

演歌歌手、赤ちゃん姿に続いて…

Vシネ帝王は昔の話 コワモテ竹内力がお笑いでウケる理由


作曲は吉幾三という豪華なメンツで、故・河島英五の「酒と泪と男と女」のような渋い歌に仕上げている。 かと思えば、14年12月にはLINEスタンプを売り出し、好評を得てすでに第5弾までシリーズ化されている。竹内らしい男くさい絵柄もあるが、“赤ちゃん姿”の竹内がおもらししているようなオチャメな絵柄もあり、女性にもウケている。 「コワモテイメージの強い竹内さんですが、ここ数年はバラエティーでモノマネをし…

かつて苦い酒が続いていたと本田博太郎さん

“怪優”本田博太郎が語る「酒癖悪い人は人間性に問題あり」


当時、よく口ずさんだのは河島英五さんのヒット曲「酒と泪と男と女」。歌詞が僕の心情そのものだったから。 僕の名前が世間に知られるようになったのは蜷川幸雄さん演出の舞台「近松心中物語」(帝国劇場、1979年)。主演だった平幹二朗さんが急病で途中降板し、その代役に指名されたのです。当時は28歳。まだまだアルバイトしないと食べていけなくてね。それなのに結婚が早く、「近松」出演時は2児の父親でしたから、そ…

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