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田原俊彦特集

ビッグ発言で辛酸をなめた

ジャニーズ帝国と対立…田原俊彦「ビッグ発言」で総スカン


最近では加護亜依が所属事務所と大モメしているが、失言が理由で一時芸能界を追放された田原俊彦(50)も、ジャニーズ事務所との対立がそもそもの原因だった。 94年2月14日、長女が誕生。所属レコード会社に指示された田原が渋々、出産報告会見を開いた。 「今日はお忙しい中、マスコミ嫌いの田原俊彦のために、こうしてお暇な時間にお集まりいただきありがとうございます。この場に挑むことになり、意に反することもあ…

復活を遂げた小林幸子と田原俊彦

「動いた」小林幸子と「耐えた」田原俊彦 芸能人に学ぶ危機管理


小林が“動”なら、かつての田原俊彦は“静”だった。20年ほど前、田原は「ビッグ」発言でバッシングを受け辛酸をなめた。田原は静かに耐えた。仕事が激減した田原を関西ローカル番組などが出演オファーをしたこともあったが、出演しなかったという。 「トップアイドルとしての田原のプライドと意地が“都落ち”させなかったと思う」(芸能関係者) 今ではテレビ出演も増え、この夏もNHKの歌特番に出演。「紅白」出演も噂…

アイドル時代はCMの常連だった田原俊彦

初の「CMソング」をゲット 田原俊彦に“完全復活”の気配


これをもって「トシちゃん、完全復活か」――田原俊彦(54)が南海電鉄のCMソング「愛が、多すぎる」を歌うことになったという。CMソングを歌うのは初めてだそうで、31日行われたCM発表会では歌のタイトルにひっかけて「愛が多すぎる生活ですか?」という質問を受け、「いや~、愛が多すぎて腰が痛くなっちゃって」と言いつつ腰を前後に激しく動かし、取材陣を笑わせた。 田原といえば、誰もが真っ先に思い出すのが例…

紅白も狙う/(C)日刊ゲンダイ

テリー伊藤が暴露 田原俊彦の再ブレークは「10%の真面目さ」


29日、田原俊彦(53)がトヨタ「世界にひとつだけのクラウン」特別展示イベントに出席。「メリークリスマス!」「ハッピークラウン!」「クラウン万歳!」と終始ハイテンションだった。 最近、芸歴35年とは思えぬ全力投球がウケてテレビ出演が増加。報道陣に「再ブレーク」について聞かれると「6月に新曲を出したから、宣伝が集中して何となく出てるなって感じになっちゃってるだけ。気のせいですよ」と「番宣」で構成さ…

バラエティーに突破口/(C)日刊ゲンダイ

寒い下ネタを連発…田原俊彦「面倒なオヤジ」キャラで復活か


「ハッピー、トゥーユー(梅雨)!」 都内に大雨洪水警報が出ていた24日、全力のオヤジギャグを叫んだのは田原俊彦(53)。芸能生活35年目を迎え、ファン約1000人を集めた記念イベントを開いた。 写真撮影では、テレビカメラが回っていないにもかかわらず「元気ですかー!」「よっしゃー!」と絶叫。囲み取材の準備に焦る報道陣を見て「ゆっくりしてよ~。時間は十分あるからさあ~……ってオレ仕切りじゃねえか」と…

ジャニーズ事務所

反旗を翻したタレントは徹底的に干す「伝統」


その代表的な例が80年代に一世を風靡した田原俊彦の凋落だろう。94年に独立した田原は、いまだにジャニーズのタレントとは共演できていないという。 「田原は有名な『ビッグ発言』で人気を失っていますが、実はあのバッシングもジャニーズの仕掛けだったといわれています。実際の会見は和やかなもので、発言も前後の文脈から見てたわいもない冗談だった。ところがなぜか『ビッグ』の部分だけが切り取られて叩かれたのは、ジ…

トップスターが次々と事務所を離れていった…

アイドルの限界が露呈した光GENJIの成功と失速


結局、多くのグループは解散し、ギャラが低く抑えられていたこともあって人気のある者は独立したがり、残ったメンバーは生き残りに苦労するという状況が続いていた」(スポーツ紙芸能担当記者) 田原俊彦、本木雅弘、諸星和己といった一時代を築いたはずのトップスターが次々と事務所から独立していったという事実を見れば一目瞭然だろう。 そんな冬の時代の最中、88年に結成され91年にCDデビューしたのがSMAPだった…

涙ながらに自殺騒動を謝罪

メリー氏が剛腕発揮 マッチと明菜の金屏風会見


ジャニー喜多川氏のホモセクハラ疑惑などで、事務所への批判の声が強まり始めたこともあったが、やはり松田聖子や中山美穂といった大物アイドルと次々と浮名を流した田原俊彦を筆頭に、近藤真彦や少年隊の錦織一清や植草克秀、シブがき隊の薬丸裕英や布川敏和など遊びたい盛りの若いタレントを多く抱えていたため、恋愛スキャンダル対策の側面が強かった。 「スポーツ紙の記者やテレビ局の担当者を1泊10万円の豪華客船での…

郷ひろみはジャニー氏の「理想のアイドル像」だった

ジャニー氏の独自路線決定付けた郷ひろみの独立


この経験が他事務所となれ合わない独自路線を決心させたともいわれています」(前出の芸能記者) 郷の移籍以降、豊川誕や川崎麻世を売り出したものの、78年にはフォーリーブスも解散するなどジャニーズは低迷期に入ってしまうのだが、79年のドラマ「3年B組金八先生」に出演した田原俊彦、近藤真彦、野村義男の「たのきんトリオ」の大ブレークによって復活のきっかけをつかむ。 「成功の最大の要因はジャニー氏が命名した…

ジャニーズ事務所は今後どうなるのか…

発言力低下は必至 SMAP解散でジャニーズ崩壊の幕が開く


再び上昇気流に乗ったのは「たのきんトリオ」(近藤真彦、田原俊彦、野村義男)が登場した80年代に入ってからだ。 「SMAPに続く人気グループの嵐もメンバーが全員30代で、これ以上の伸びしろはない。それに続くグループが育っていないのが事務所としては痛い」(前出のテレビ関係者) SMAP解散は芸能界で隆盛を誇るジャニーズ帝国崩壊の幕開けとなりそうだ。…

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