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原田芳雄特集

原田芳雄(左)は2011年7月に亡くなった/(C)日刊ゲンダイ

金山一彦が語る故・原田芳雄「餅つき会」"カレー番"の思い出


あるパーティーで原田芳雄さんの息子の喧太と出会い、意気投合したこと。「今度うちにおいでよ」と誘われ、数日後にお宅に伺ったんです。僕、「ウワッ! 原田芳雄がいる!」とビックリした(笑い)。喧太のことを芳雄さんの息子と意識してなかったから。 「竜馬暗殺」(1974年公開)の芳雄さんが大好きで尊敬していたから、緊張したけど喧太から「キンタ(愛称)はコックやってたから、料理が上手だよ」と紹介してくれて。…

グラスを片手に語る“演劇的酒人生”

稽古後は仲間と激論 流山児祥さん「演劇と酒とは不可分」


松田優作、原田の兄貴(原田芳雄)に倣い、ジャック・ダニエルにこだわってたのは80年代だった。俺にとって演劇と酒とは不可分でね。酒はコミュニケーションツールであり、イマジネーションの源。20代のころから今に至るまで稽古後は酒を飲みながら社会や芸術について激論を戦わせてる。 そういえば、70年代から90年代にかけて一世を風靡した東京キッドブラザースの主宰者・東由多加さんは凄かったよ。足元に缶ビールの…

左から時計回りで竹田圭吾と緒形拳と原田芳雄と川島なお美

竹田圭吾氏も直前まで仕事 がん患者が最期まで元気な理由


緒形拳さんは死の5日前に、原田芳雄さんは8日前に制作発表に出席した。川島なお美さんも死の約2週間前にシャンパンの発表会見に出席している。がんは苦しい病気ではなくなったのか。医学博士の米山公啓氏に聞いた。 「がんは骨に転移していたり、神経が集中しているみぞおちなどにできている場合に特に激しい痛みを感じます。今から30年前の医学界では、患者に痛み止めのモルヒネを大量に与えるのはよくないという考えで、…

勝新太郎

瀬戸内寂聴さんは「一銭も持ってないのに気前がいいんです」と振り返り…


その夜は桃井かおりさんや、原田芳雄さんとか、15人ぐらいがいらして、翌朝までずっと付き合ってくださったんです。そのとき勝さんが、『おまえ、ちゃんと贅沢してるか? おいしいもの食べて、いいもの着てるか?』と聞くんです。で、突然、『みんな、金出せ』とおっしゃって、すごい大金が車座の真ん中に集められたんです。それを『これは生活のために使うな。おまえだけのために使え。おまえが楽しむために使えよ』とおっし…

「フジパシフィックミュージック」の社長を務めて20年以上

元フォー・セインツ上原徹さんはフジ社員から会社社長に


彼らは72年、原田芳雄と浅丘ルリ子共演のドラマ「冬物語」の同名の主題歌をフォー・クローバースと名前を変えてヒットさせた。ボーカルだった上原徹さん(67)は今どうしているのか。 港区北青山のおしゃれなビルの8階にある、国内外の音楽著作権の取得や管理、作詞、作曲家の育成を手がける「フジパシフィックミュージック」。社長室には会議用の大テーブルはもちろん、オーディオ設備にサウナルームまで完備している。そ…

近藤芳正さん

俳優 近藤芳正さん(53) ぎっくり腰


役者の世界はどれだけ酒を飲んで、ケンカするかを美徳とするような風潮がありましたが、原田芳雄さんや松田優作さんのような名優が若くして亡くなるのはもったいない。自分を商品とするなりわいだからこそ、体を大事にすべきだと思うようになりました。深く息を吸って、神経を緩めれば、体は休まり腰痛が消えて、自然治癒力が高まってといいことずくめ。 今やっているのは、マスターストレッチという、バレエダンサーがよくや…

(C)日刊ゲンダイ

芸能人も集結した筒井康隆「断筆宣言」


ブルースシンガーとしても知られた故・原田芳雄も風邪を押して参加し、ハスキーボイスで「横浜ホンキー・トンク・ブルース」を。 会場が盛り上がりを見せる中、主催者代表がエンディングを告げ、皆で再び「ジャズ大名」の演奏が始まる。するとステージの真ん中の天の岩戸に見立てた岩の扉のセットが開き、クラリネットを吹きながら筒井康隆が登場。開演2時間半にしてファン待望の筒井康隆登場であった。そしてアンコール……。…

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