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父親が娘の夢を応援して何が悪い

 私は、つとめて穏やかな声を出した。

「ちなみに、その専門学校のパンフレットとか、ないのか?」

「ないよ」

 たった三文字の素っ気ない返事に、私は思わずフッと笑ってしまった。そして、私も箸を動かしはじめた。

「なに笑ってんの?」

 里穂が怪訝そうな目をして言う。

「いや、母娘でよく似てるなぁって思ってな」

「え?」

「不機嫌なときの態度が、そっくりだ」

「…………」

 困ったような顔をした娘は、いっそう早織と似ていた。

「あのな、たくさんってわけではないけど、一応、漁師をやってた頃の貯金はあるんだから。里穂は、里穂のやりたいようにすればいいんだって。お父さん、応援するから」

 前半は嘘だが、後半は正直な気持ちだ。

 しかし、さすがに高校生にもなると、この程度の軽い嘘は通じないらしい。

「わたしは、お金のことは心配してないの――、なんて、言えると思う?」

「…………」

「千晶でさえ、私立大学は無理っぽいから国立大学を目指すって言ってるのに」

 なるほど。谷中家は夫婦そろって働いているが、うちは私ひとり。ようするに里穂は、我が家の収入は谷中家の半分と読んだのだろう。情けないが、それは間違いではない。

「貯金は本当にあるし、もしも、それで足りなかったら、お父さん、仕事を増やすか、転職してもいいんだから」

 ふたたび、里穂が口を結んだ。

 チ、チ、チ、と秒針の音が食卓に降り積もる。

「嘘つき」

 里穂が短く言った。

「え?」

「転職なんて、したくないくせに」

「…………」

「お父さん、いまの職場はすごく気に入ってるって、何度も言ってたよね?」

 たしかに、以前、そんなことを言った覚えはある。

「まあ、それは、そうだけど」

 だからといって、私は里穂の父親としての仕事を放擲しようなどとは思わない。理屈ではなく、それが父親ってものだと思う。

「あのなぁ、父親が娘の夢を応援したいって言って、何が悪いんだ?」

「悪くはないよ」

「じゃあ、なにが問題なんだよ」

 すると里穂は「はあ……」と、これ見よがしに嘆息してみせた。そして、ポツリと言ったのだ。

「重たいんだよ」

「…………」

「お父さんに、自分の人生を犠牲にしてまで尽くされると、こっちは逆に重たいんだよね」

 おい、その台詞こそ重たいぞ――。

 (つづく)

◇概要 震災で妻を亡くした光井健二郎は、高校2年の娘・里穂と2人暮らし。ある日、健二郎は勤め先の水曜日郵便局に届いた手紙をチェックするうちに、ふと思いついたことがあった。一方、家では進路をめぐって里穂と険悪になり……。

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