見え透いたご機嫌とりに娘は仏頂面

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「お父さんに、自分の人生を犠牲にしてまで尽くされると、こっちは逆に重たいんだよね」

 おい、その台詞こそ重たいぞ――。

 私は、胃のあたりがぐっと重くなった気がして、次の言葉が出なくなっていた。

「だから、東京行きの話は、忘れて」

「忘れてって……、里穂の夢なんだろ?」

「べつに」

 三文字で嘘をついて、里穂はまた箸を動かしはじめた。

 その嘘は、私を少しばかりイラつかせた。

「じゃあ、里穂は、なんで千晶ちゃんに――」

「それは!」と言葉をかぶせた里穂の眉間には、珍しくシワがよっていた。「うっかり、軽い気持ちでポロっと言ってみただけっていうか……、思い付きっていうの? そういうこと、誰にだってあるでしょ? それに――」

「それに、なんだよ?」

 私まで心のコントロールを失って、つっけんどんな言い方になっていた。

「わたしにだって、いろいろあるんだよ」

「だから、いろいろって、なんだよ?」

「いろいろって言うのは――」と、前のめりになった里穂は、言いかけていた言葉を飲み込むように口を閉じた。そして、ひとつ呼吸を整えてから、あらためて不満げに口を開いたのだった。

「お金のことだけじゃなくて。わたしにだって、思うことはあるの。人に言いたくないようなことだって、たくさんあるの。人間なんだから、そういうものでしょ?」

 里穂が、お金のこと以外で思うこと……。

 ふと私は、邦夫さんの日焼けした顔を思い出した。

 さすがに一人ぼっちは淋しいよなぁ――。

 邦夫さんは、そう言っていた。

「里穂」

「……なに?」

 かなり真剣に不服そうな顔をしている娘を見たら、「お父さんは、べつに淋しくないからな」なんて軽々しい嘘は言えなくなってしまった。だから、うっかり話をそらしてしまった。

「明日、学校で、千晶ちゃんに、あんまり怒るなよ」

「え、なにそれ?」

「……なにそれって、そういうことだよ」

「べつに怒らないよ。ただ、呆れてるだけ。っていうか、わたしいまだって怒ってないし」

 充分に怒ってるよ、とは言わず、「だったらいいけど」と言って、私も煮豚を食べた。そして、この険悪な空気を少しでも薄めようと思い、「やっぱり、美味いな、これ」などと、見え透いたご機嫌とりをしてみた。

 しかし、里穂はそれには答えず「ごちそうさま」と仏頂面で言って、自分の食べた食器だけ台所に持っていくと、そのまま階段を上がって二階の自室に入ってしまった。

 (つづく)

◇概要 震災で妻を亡くした光井健二郎は、高校2年の娘・里穂と2人暮らし。ある日、健二郎は勤め先の水曜日郵便局に届いた手紙をチェックするうちに、ふと思いついたことがあった。一方、家では進路をめぐって里穂と険悪になり……。

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