勇気を出すぞって宣言みたいな手紙

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「今日も、楽しくな」

 いつもなら里穂は「うん、いってきます」と、こちらを振り返って笑顔を見せてから家を出ていくのだが、今日はさすがに違った。

 蚊の鳴くような小声で「……きます」とだけ言って、さっさと玄関のドアを開けて出ていってしまった。

 思わず、その背中に「おい、本当に、学校で千晶ちゃんを責めるなよ――」と言いそうになったが、その台詞はぐっと飲み込んだ。さすがに、これ以上「重たい父親」にはなりたくない。それに、悪気のない幼馴染を本気で責めるような娘ではないはずだ、という里穂への信頼もある。

 パタンと閉められた玄関のドア。

 その向こうから、遠ざかっていく足音がかすかに聞こえる。

 なかなか機嫌が直らないのも早織と似てるよなぁ。

「ふう……」

 今朝いちばんのため息は、やけに湿っぽかった。

 ◇   ◇   ◇ 

 里穂とはぎくしゃくしていたが、素掘りのトンネルの向こう側の世界には、いつもどおりの平和な空気が漂っていた。

 しかも今日は、谷中夫妻と私の他に、朝から学生ボランティアのスタッフが来てくれていた。明朗快活で、とても賢そうな青年たちは、どちらも石巻に住んでいるという。

 この若い助っ人たちのおかげで、仕事はさくさくと順調に進んでいった。

 午前十一時を回り、窓の向こうの海に深い青みがさした頃、私は、いちばん好きな仕事、つまり手紙に書かれた内容のチェックをしていた。

 すると、邦夫さんに声をかけられた。

「健さん、ずいぶん真剣に読んでるみたいだけど、それ、いい手紙なの?」

「え? あ、うん。なんだか、ずっしりと思いがこもった、ポジティブな内容だよ」

「ほう。どんな?」

「簡単に言うと、絵本作家になるっていう夢を叶えたいから、勇気を出して一歩を踏み出すぞっていう、まあ、『宣言』みたいな手紙だね」

 そう言って私は、ふたたび便箋を見下ろした。

 ボールペンで書かれた文字の列には、ある種の「勢い」があって、書き手の「熱」が行間から立ち上ってくるようだった。書き損じた箇所は消さずに、上からぐしゃぐしゃと塗りつぶされていた。きっと、この書き手は、ほとばしる感情をストレートに便箋に叩きつけるようにして書いたのだろう。

 文末には、五センチ四方ほどの灯台の絵が描かれていた。シンプルなタッチの線画だが、絵本作家を志望するだけあって、素人目にもかなり上手いことが分かる。しかも、この絵の灯台は「生きて」いた。しっかりと、光を放っているのだ。

 (つづく)

◇概要 震災で妻を亡くした光井健二郎は、高校2年の娘・里穂と2人暮らし。ある日、健二郎は勤め先の水曜日郵便局に届いた手紙をチェックするうちに、ふと思いついたことがあった。一方、家では進路をめぐって里穂と険悪になり……。

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