食卓には娘が握ってくれたおにぎり

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 食卓には、もう、私からの手紙はなかった。代わりに、おにぎりが三つ置いてあった。

 私がそれを見下ろしていると、里穂の声がした。

「それ、朝食にしてね」

「おう、ありがとう」

「あと、お鍋に、お味噌汁を作っておいたから」

 そう言って、鍋の火を止めた。

「里穂は、朝ごはん、食べたのか?」

「うん」

「何を?」

「オムライス」

「え……」

「あっためて、食べた」

 昨夜、冷蔵庫に残しておいた、あのオムライスだ。

「そっか」

「うん……」

 里穂は、少し気まずいような、それでいて、どこか嬉しいような、複雑な顔をした。いつものオムライスを食べたときの、あの明るい笑顔は見られなかったが、まあ、今朝は会話をしてくれただけでも上出来だと思うことにした。

「わたし、今日、学校の係があって、ちょっと早く行くから」

 言いながら、制服の上のエプロンを脱いだ。制服のポケットから「水曜日の手紙」が顔を覗かせていた。

「分かった」

 私は気づかないフリで、何気なく返事をしておいた。

「あ、もう、急がないと」

 壁の時計を見た里穂は、ばたばたと二階の自室と洗面所を行ったり来たりしてから玄関に向かった。

 私は、いつものように見送りに行く。

 靴を履いた里穂は、少しはにかみながら私を見た。

「じゃ、いってきます」

「いってらっしゃい」

 続けて、私は早織から引き継いだあの台詞を口にした。

「今日も、楽しくな」

 里穂は少し間を置いてから「うん」と小さく頷くと、玄関の扉を開けて出ていった。

 ぱた、と閉まるドア。

 足早に歩き去っていく娘の足音が、ドアの向こうからかすかに聞こえてくる。

 私は、おもむろにサンダルを突っかけて外に出た。

 さらさらとした朝の澄んだ風に包まれる。

 今日も、いい天気だ。

 透明なレモン色の光のなか、小さくなっていく娘の後ろ姿を黙って見送る。

 爽やかに揺れる制服のスカート。

 一歩ごとに左右に跳ねる黒髪のポニーテール。

 スマートフォンをいじっているのだろうか、里穂はずっと下を向いている。

 やがて、角を曲がって見えなくなった。

 私は郵便ポストから新聞を取り出して家に戻った。

 喉が渇いていたので、冷蔵庫から野菜ジュースのパックをひとつ手に取り、居間の食卓に着く。

 新聞を傍らに置いて、野菜ジュースを飲んだ。

 (つづく)

◇概要 震災で妻を亡くした光井健二郎は、高校2年の娘・里穂と2人暮らし。ある日、健二郎は勤め先の水曜日郵便局に届いた手紙をチェックするうちに、ふと思いついたことがあった。一方、家では進路をめぐって里穂と険悪になり……。

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