「メモリーグラス」堀江淳 原付き事故で飛び交った死亡説

公開日:  更新日:

―1983年1月―

 “水割りをくださ~い 涙の数だ~け”といえば「メモリーグラス」。1981年、堀江淳のデビュー曲だ。透明感あふれる中性的な声で70万枚のヒットとなったが、堀江は83年の交通事故をキッカケに死亡説が飛び交うようになった。

 1月29日未明、当時22歳の堀江は原付きバイクで帰宅途中、自宅近くの路上で運転を誤ってコンクリート製の電柱に激突した。左足骨折、全治2カ月の重傷で堀江はそのまま40日間入院。病院のベッドでは同じ事務所所属の中森明菜の曲を書くなどの活動を行っていた。

 当時、堀江はコンサート中心の活動でテレビ出演は少なかった。事故の影響は歌手活動にはそれほど大きくなく、83年暮れには第一線から身を引いて、作詞・作曲などの地道な活動がメーンとなっていた。


 しかし、世間は人気者の去就にこだわった。露出が減ったことと事故報道を無理やり結びつけるようになり、死亡説が流れるようになった。いわく、事故を誇張して「トラックにひかれて“水割りをください”と訴えながら亡くなった」というものから「舞台上で“メモリーグラス”を熱唱後に座ったままで亡くなった」といったものまでさまざまなウワサが流れた。

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