最年長だった荒井注 ドリフ絶頂期に疲労困憊であっさり脱退

公開日:  更新日:

―1974年3月―

 3月30日、渋谷公会堂ではいつもの土曜日と同じように「8時だョ!全員集合」の生収録が行われていた。会場を埋め尽くす子供たちの歓声も普段と変わらない。ただひとつ違うのは荒井注(当時45)にとって、ザ・ドリフターズとしての最後の舞台だったということだ。同月11日、ドリフは記者会見を開き、荒井の休業を発表していた。休業といってもカムバックの予定はまったくなく、実質的な脱退だった。

「ディス・イズ・ア・ペン」や「なんだ、バカヤロウ!」のギャグで人気を誇っていた荒井がリーダーのいかりや長介に、「辞めたい」と申し入れたのは前年の6月。その2カ月前に「全員集合」は最高視聴率50.5%を叩き出していた。

「荒井がいかりやに誘われてドリフに参加したのは、東京五輪のあった64年秋。当初はキャバレー回りばかりで、メンバー5人で月25万円という収入だった。そんな苦労を乗り越え、やっとトップの座に上り詰めた途端の脱退表明だっただけに、誰もがいぶかった」(芸能記者)

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新の芸能記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    肺病の赤ん坊に客が1stクラスを 母親の感謝投稿に圧倒共感

  2. 2

    熱愛ゼロの草食ぶり…新垣結衣は私生活でも獣になれない?

  3. 3

    志村けんの「酒・カネ・オンナ」68歳の優雅な独身貴族生活

  4. 4

    “質問無視”連発の河野外相 政治資金で「外食三昧」の日々

  5. 5

    キンプリ早くも「嫌いなジャニーズ」に…なぜアンチ多い?

  6. 6

    セクゾ松島もパニック障害…ジャニーズで病欠が相次ぐワケ

  7. 7

    実力は和牛でも…霜降り明星「M-1優勝」のメンタルを分析

  8. 8

    賀来賢人「今日から俺は」が日テレドラマのトップ走るワケ

  9. 9

    市場に流れる日産「上場廃止」説 “積極退場”の仰天情報も

  10. 10

    事件、退所、病気…ジャニーズ内の光と影が鮮明だった一年

もっと見る