“生きる伝説”S-KENインタビュー…パンク老人、かく語りき

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J-POPはバカにされている

 アマチュアだった24歳のころ作曲した「自由通りの午後」が、何万という一般応募と200以上ものプロ作品も押しのけポーランド音楽祭の代表曲に。年末にはアイ・ジョージによって紅白歌合戦でも歌われた。音楽祭の後に放浪した旧共産圏の国々、そしてその後行き着いたアメリカで、さまざまな音楽の洗礼を受けたS―KENは、70年代後半になると自ら日本のパンク、ニューウエーブミュージックのシーンをつくるべく帰国する。

「僕が当時、六本木に自分のスタジオ『S―KENスタジオ』を仲間と作って、そこを拠点に毎週開催していたライブにはパンク、ニューウエーブの感性を持った若い世代のバンドが、ぞくぞく集まってきて、才能があると思えば無名でもどんどん出てもらった。なにしろ僕はトーキング・ヘッズ(80年代中心に一世を風靡した米ロックバンド)みたいなバンドが、それこそ十数人しか客の入らない時から見てたからね。やがて僕の感性に任せておけば大丈夫、みたいな空気になってきてそのうねりは六本木を飛び出してムーブメントみたいになっていった」

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