新・やる気まんまん「オット!どっこい」6月29日スタート

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国民的艶笑漫画「やる気まんまん」

「やる気まんまん」は、1977年から2003年まで27年にわたって日刊ゲンダイで連載。開始当初は夕刊タブロイド紙で毎日ストーリー漫画を掲載する初の試みだった。男性器をオットセイに、女性器を貝に見立てたユニークな設定で、やがて本紙の名物となっていく。

 原作は牛次郎、作画は横山まさみち。横山まさみちはもともと貸本時代から歴史モノや青春モノを描いていたが、72年、「週刊漫画TIMES」(芳文社)で官能漫画「色魔」の連載を開始。この作品で初めて男性器をうぐいすに見立てて描き“擬チン化”の歴史が始まった。後にそれは馬やヘビ、ウナギとなっていき、「やるまん」のオットセイにたどり着く。

 横山氏の長男の横山晃彦氏が当時を振り返る。

「男性器を何かに見立てて描くのは、表現の規制に対する苦肉の策で生まれたようです。もともと親父は『ワシはエロは描かん』と言っていたんですが、『来た仕事は断らない』というポリシーもあって。結局『やるまん』は親父の一番の長寿連載となりました」

 連載当時の「横山プロダクション」は、「やるまん」以外に週刊や月刊の連載を多数抱え、最盛期は13人のアシスタントが在籍していた。とにかく忙しそうだったという。

■「『寅さん』になるつもり」

 やがて「やるまん」は“艶笑漫画”と呼ばれるジャンルを確立し、名物となっていく。開始から16年経った93年2月に連載5000回を迎えたところで、横山まさみち氏が日刊ゲンダイのインタビューに答えている。

「最初はどこまで続くのかまったくわからなかった。それが2月4日で5000回でしょう。(中略)ペンが持てなくなるまで続けて、マンガの『寅さん』になるつもりです」

 97年からは、牛次郎氏が原作を離れ、オットセイの設定はそのままに「それいけ大将」を開始。さまざまな官能小説をベースに「やるまん」の世界観を発展的に継続させた。

 しかし03年10月14日、横山氏は前立腺がんを患い他界。73歳だった。闘病中は病床からアシスタントに指示を出し、連載を継続。逝去後、10月最終日掲載の最終回の原稿は無事編集部に届けられた。「やる気まんまん」「それいけ大将」合わせて全7269回。一度も締め切りを破ることなく、休載もなかった。

 四半世紀以上にわたり、性行為を明るくユーモアにあふれた作風で描き、会社帰りの男性諸兄に愛された“国民的艶笑漫画”「やる気まんまん」が漫画界に残した功績は大きい。

【写真】43年前の“幻の第1回”を発掘
 創刊(1975年)から約1年半後、1977年4月12日付紙面で掲載された第1回。精力剤製造の老舗「四つ目屋本舗」の第14代当主・泊蛮平が、秘薬“おとぎ丸S”をひっさげ「セックスファイト」に挑む。後にどんどんコミカルに描かれることになるオットセイはまだ写実的だった。

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