平成元年<1>武豊が初の全国トップに オグリキャップが席巻

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 今では当たり前になったインターネットもスマホもなかった平成初期。競馬においても、3連単はもちろん、馬単、WIN5といった馬券もなければ、外国人ジョッキーの短期免許も存在しなかった。

 この平成30年間でJRAの競馬も大きく様変わりした。今週から連載で「平成」を振り返り、その変化は今にどうつながっていったのかを考えていきたい。

  ◇  ◇  ◇

 平成元年(ただし、以下のデータは全て昭和64年のものも含む)はあの武豊が初めて全国1位になった年だ。

 昭和62年にデビューして、いきなり新人最多勝(当時)となる69勝をマーク。重賞を3勝し、GⅠにも4回騎乗するなど、ルーキーイヤーから大活躍した。2年目には早くも113勝を挙げて関西のトップに。ただし、全国1位は柴田政人現調教師の132勝だった。

 GⅠ4勝を含む133勝を挙げ、初めて全国トップに立ったのが平成元年。ここからスター街道をひた走ったのはもはや説明不要だろう。

 出遅れながら、きっちり差し切ったシャダイカグラでの桜花賞、テン乗りイナリワンで制した天皇賞・春など、鮮やかな手綱さばきが“ユタカマジック”とも評された。

 さらに、この年の秋は1頭のサラブレッドが競馬界を牽引した。そう、オグリキャップだ。

 春は全休したものの、秋はオールカマー①着→毎日王冠①着→天皇賞・秋②着→マイルCS①着→ジャパンC②着→有馬記念⑤着と6戦。今では考えられないローテーション。最後はガス欠のようになってしまったが、オグリの走りは多くの競馬ファンだけでなく、一般人もとりこにした。

 さて、そんな競馬がすごく盛り上がっていた元年。今と大きく違うのはジョッキーの数だ。

 東が114人、西は109人で223人。現在は東西合わせて136人(短期免許で3人)しかいない。この頃からジョッキーの“フリー化”が進み、上位の勝ち鞍はさらに増えるという、格差の時代に突入していく。

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