平成元年<2>勝ち鞍1ケタのジョッキーはこんなにいた

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バブル真っただ中で売り上げは右肩上がり

 きのうの紙面で書いた通り、武豊が初めて全国トップに立ったのが平成元年。とはいえ、133勝だから、近年のトップの数字にはほど遠い。

 ルメールが昨年、JRA新記録となる215勝をマークしたように、今は100勝以上のジョッキーが何人も誕生するのが当たり前。M・デムーロは153勝、戸崎115勝、福永103勝と、昨年は4人が大台をクリアした。

 では、平成元年は――というと武豊だけ。岡部幸雄が94勝、柴田政人、松永幹夫が88勝である。

 この頃はまだほぼ全ての騎手が、どこかの厩舎に所属している時代。調教師と騎手の距離が非常に近かった。だから、騎手をやっていれば騎乗馬は回ってきたのだ。

 ひとつのラインとして「年間20勝」というところを見ると、元年、昨年とも東西リーディングでは48位に(元年は48~52位が20勝)。ただ、大きく違うのはその下で、10~19勝のジョッキーが元年は47人も。そして勝ち星1ケタは113人。

 昨年は10~19勝が23人で、1ケタは60人(短期免許で騎乗の外国人ジョッキーは除く)だ。

 当時はなかなか先頭ゴールインを果たせなくても、ジョッキーをやっていた人が多くいたということ。勝負の世界だから優勝劣敗は仕方がないとはいえ、この頃を境にどんどんと騎乗数、勝ち鞍ともに“上”に集中していくことになる。

 とはいえ、“天才”武豊や、甘いマスクで人気を集めた松永幹夫の台頭に加え、オグリキャップの頑張りが競馬ブームに火をつけ、売り上げは快調に推移していった。

 昭和63年に初めて2兆円に乗った売得金は、この年さらに15・8%増。2兆5545億2016万3200円を記録している。

 そして翌年には一気に3兆円台に。もちろん、この頃の日本はバブル真っただ中。WINSには人があふれ、列に並んでも次のレースが買えないのは当たり前という、とにかく景気のいい時代だった。

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