空前のフィーバーを巻き起こした定岡正二氏が直面した光と影

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 1974年夏の甲子園。鹿児島実(鹿実)のエースだった定岡正二氏は、準々決勝で1年生の原辰徳(現巨人監督)を擁する東海大相模との延長十五回の死闘を完投勝利。その実力と甘いマスクで一躍「甲子園のアイドル」になった。長嶋茂雄監督率いる巨人に同年のドラフト1位で入団。江川卓、西本聖と先発3本柱を形成し、81年に11勝、82年には15勝を挙げた。85年、近鉄へのトレードを拒否して引退。大フィーバーだった入団時の苦悩、29歳の若さで引退を決断した真相を58歳になった定岡氏が語る。

 甲子園から帰ると、移動するたび女子学生が電車やバスへ一緒に乗ってくる。ファンレターは1日何百通。フィーバーの最中、74年のドラフトで巨人に1位指名された。

「子供の頃、巨人はV9時代。テレビをつけるといつも勝っていて、つまらないなあと。反骨精神というか、強いものに立ち向かっていくのが好きでした。鹿実も県内ではナンバー3くらい。甲子園の準々決勝で対戦した優勝候補の東海大相模なんて雲の上の存在。そういう存在に負けたくないという気持ちで、いつも戦っていた。強い巨人に立ち向かっていた村山実さんに憧れていたこともあって、ドラフトでは漠然と阪神ならいいなあと思っていました」

「今思えば財産だけど、当時は10代。今の大谷翔平とか斎藤佑樹(ともに日本ハム)みたいに、球団がフォローしてくれるようなノウハウもなかった。移動するたびに、ファンにもみくちゃにされる。身動きが取れなくなるから、バスの中で巨人の先輩を待たせることになってしまう。あれが嫌で嫌でしょうがなかった。高卒新人だし、オレだけ目立っちゃいけないと、そればかり考えていて部屋にこもった。長嶋監督は人気をエネルギーに変えていた。でもボクはまだ高校生。何の実績もないから、エネルギーにする術がない。人気は時に凶器になる。フィーバーが収まるまでの3年間くらいは、本当につらかった」

 新人時代の自主トレには、定岡見たさに女性ファンばかり2万人。グラウンドはもちろん、巨人の選手寮にも大挙、若い女性が押し寄せた。寮の部屋にまで入ってくる熱狂的なファンもいた。

「独身だし、今ならウエルカムなんですけどねえ」と笑うが、当時は楽しむ余裕などなかった。

 この頃、寮の入り口には「若い女性の寮庭への立ち入りはご遠慮ください」という看板が立てられた。「若い女性」と限定しているところが異例のことだった。

「当時の武宮敏明寮長が女性ファンの侵入を防ぐため、非常階段に鉄条網を張ったんです。ただ、非常階段は選手がこっそり出入りする場所でもあって、門限破りができなくなってしまった。すると、門限破りの常習者だったある選手がなんと消防署に電話をかけた。それで非常時の避難を妨げるということで鉄条網は撤去。消防署に言うなんて凄い執念だなと、妙に感心したものです(笑い)」

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