日刊ゲンダイDIGITAL

  • facebook  
  • twitter  
  • google+

宇喜多秀家に関する記事

江戸東京 町歩き

宇喜多秀家の夢の跡

川幅10メートルほどの倉敷川一帯は、宇喜多秀家の時代に干拓工事が完了した。これにより広大な新田が誕生し、多くの村民がこの地に移住してきた。 倉敷は、そんな秀家の夢の跡である。秀家は五大老の身でありながら、関ケ原での敗戦後は八丈島に流刑となり、83歳で生涯を閉じるまで貧窮に泣いていたと伝えられる。一説には、島の代官に食事をご馳走になった際、余ったご飯をにぎり飯にしても…

週末に読みたいこの1冊

「鬼手 小早川秀秋伝」大塚卓嗣著

兄のような宇喜多秀家、律義者の徳川家康、冷酷無比な大谷吉継など、今までにない人物設定となっており、同じ歴史上の出来事が、解釈によって全く見え方が変わることに気づかされる。(光文社 1300円+税)…

文庫あらかると

「真田十勇士(三)」柴田錬三郎著

そして穴山小助らは、宇喜多秀家が太閤から預かった軍用金の行方を捜すために小豆島へと向かう。 しかし、黄金の城はすでに運び去られた後だった。噂を聞き、甲斐恵林寺の快川和尚を訪ねると、和尚が折った折り鶴が佐助らを道案内。そんな佐助らの前に無窓只四郎が立ちはだかる……。 (集英社 720円+税)…

イラスト・佐々木桜

日本史再見 英雄になれなかった男

奇襲のチャンスをつぶし関ヶ原で惨敗した石田三成の不運

三成らは軍議を開き、その席で歴戦の猛将・宇喜多秀家が「敵は長旅で疲れている。今夜のうちに攻撃しよう」と提案、島津義弘もこの策を支持しました。 ところが三成は、「奇襲は兵法にそぐわない」とこれを一蹴。大垣城での籠城を主張します。NHK大河ドラマ「真田丸」では山本耕史さんが演じたとおり、三成はいささか真面目すぎるきらいがありました。 もし、この夜のうちにゲリラ攻撃を仕掛…

2016年大河ドラマは「真田丸」

7人の影武者いた? 人気歴史家が明かす“真田幸村生存説”

「鹿児島の生存説は、関ケ原で敗れた宇喜多秀家が薩摩の島津家を頼って落ち延びた“実話”がベースになっていると考えられます。結局、秀家の身柄は江戸幕府に引き渡され、八丈島に流刑となります。しかし、秀家でさえ鹿児島まで落ち延びることができたのだから、幸村もきっとできたであろう、という人々の想像が素地にあるのでしょう。一方、和歌山は信繁が父・昌幸とともに14年間にわたり蟄…

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のグルメ記事