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小林俊一特集

77年ナイロビの競技会にて

ケニア人ランナーを売る男

最後はケニアの土になるだけさ

小林俊一氏は羽田から柳行李1つ持ち、ケニアに向かった。 あれから39年。小林氏は振り返る。 「私の人生、フーテンの寅さんと一緒で、行き当たりばったり。ジブチに行った時かな、港町を散歩してたら、日本の遠洋漁業の漁師に会った。『あんた、日本人か?』と聞かれ『そうだよ』と言ったら『昼飯、食ってけ』と。それでぶつ切りの魚が入った味噌味の鍋、炊きたての白いご飯。もう、丼で3杯…

小林氏とワンジロ(右)にモーリス君(中央)

ケニア人ランナーを売る男

夢はヘレンがケニア代表で東京五輪メダル獲得

小林俊一氏は、やや興奮ぎみに私を前に語った。 「現在、仙台育英2年のヘレン・エカラレ、彼女に注目してよ。4年後はケニア代表で東京五輪に出てね、メダルを取る。これまでケニアから連れてきた女子選手では、シドニー五輪女子マラソン4位のエスタ・ワンジロ(仙台育英→日立)が最高じゃないの。だから、どうしても女子でメダルを取りたい。それが4年後に向けての私の目標、夢だからさ」 …

川内を1年間預かていれば…

ケニア人ランナーを売る男

川内優輝をケニアに誘って五輪代表にしたかった

帰国中の小林俊一氏から電話が入った。 「今晩5時、ホテルに来てよ」と。出向くと開口一番こう言った。 「公務員ランナーの川内(優輝)、最高だよ。週末になると練習の一環としてハーフマラソンに出る。瀬古が監督の実業団チームDeNAの誘いを断ったと聞いた。一匹狼はそうでなくちゃあ。それでね、川内をナイロビの我が家で1年間ほど預かり、高地トレーニングをさせ、リオに行かせたいわ…

第71回びわ湖毎日マラソン大会での北島選手と石川選手

ケニア人ランナーを売る男

リオの日本男子マラソンは入賞も期待できない

リオ五輪マラソン代表選手男女6人を報じた記事を手に、小林俊一氏は肩をすくめて言った。 「あのね、このメンバーでメダル狙える? 百パーセント無理だろ。男の場合、2時間6分以内で走んなきゃ。ケニアやエチオピアには2時間4分以内で走るのがゴロゴロいる。ま、入賞も期待できないね」 日本は佐々木悟(30=旭化成)、北島寿典(31=安川電機)、石川末広(36=ホンダ)。女子は福…

世界記録保持者のキメットはカレンジン族

ケニア人ランナーを売る男

ケニアのドーピング違反ほとんどがカレンジン族

小林俊一氏は語る。 「ケニアの長距離界はキクユ族とカレンジン族の2大勢力が君臨していてね。キクユ族は私が“心の聖地”と呼ぶニャフルルの部族で農耕民族。対してカレンジン族は、エルドレットを中心とした放牧民族。このことは日本のメディアは一切報じないけど、ドーピングに違反しているのはほとんどがカレンジン族のランナーだよ。ちなみに、2時間2分57秒(14年ベルリン)の世界記…

ケニア人ランナーを売る男

万引きをする者がいると私が始末書を書いてきた

ナイロビ小林》 昨年の4月、小林俊一氏から以上のようなメールが届いた。 「山梨学院大で活躍したオツオリを入れて、これまで3人が天国に行った。つらいね。ワンジルの死に関しては、嫁と母親が遺産を巡ってケンカ。いまも地元紙が話題にしてる。カビルの場合も葬儀に行ったら、私の前で遺族が取っ組み合いのケンカだよ。いくらかでも残された金が欲しいためにね」 帰国した際、そういって小…

日大2年パトリック(左)と日大OBのガンドゥ・ベンジャミン

ケニア人ランナーを売る男

ケニアにスカウトに来た日本人は追いはぎに遭い…

ケニア人ランナーをスカウトする場合の秘訣を、小林俊一氏はそう語った。だが、それだけではない。 「日大の2年生、5月の関東インカレで5000と1万メートルで優勝したパトリック・マセンゲね。スカウトした理由は、私の“心の聖地”ニャフルルでの選考会で決めたけど、実は群を抜いて速いのがいた。ところが、その男は酒も女もありの、単なる目立ちたがり屋。それで無口のパトリックに決…

85年神戸ユニバーシアード期間中も織田さんと飲んだ

ケニア人ランナーを売る男

“陸上の神様”がマラソン界の不甲斐なさを知ったら

小林俊一氏は生前の織田氏と深い関係にあった。 「早稲田の大先輩だし、よく一緒に飲んだ。84年のロス五輪のときは、毎晩リトル東京に行ったりね。織田さんは『小林君、ありがとう』って。織田記念などにケニアから選手を招いたり。そのたびに感謝されたよ」 そう語る小林氏は、私に一枚の写真を見せた。 「これは85年の神戸ユニバーシアードの際、三宮の居酒屋で食事したときの写真で、織…

ケニヤッタ小林氏(央)

ケニア人ランナーを売る男

山梨学院大の「投資」はオツオリの走りで大成功

小林俊一氏は意味不明の言葉を口にした。スワヒリ語で、訳すと「日本でマラソンを学び、よく頑張った。お疲れさん……」との意味だという。 「10年前だよ。一時帰国中のオツオリが車を運転し、タンクローリーと正面衝突。37歳で亡くなり、葬儀に行ったときだね。山学と所属していたトヨタからの弔電を持参し、私が弔辞を述べた。『ウナ、ソマ、マラソン、ジャパン……』って。オツオリは私が…

メキシコ五輪1500mでケニア初の金メダルを獲得したケイノ

ケニア人ランナーを売る男

陸上界から“法に触れない詐欺師”と呼ばれるまで

私が小林俊一氏に出会ったのは19年前の6月半ば。場所は、ともに贔屓にする、東京・新宿駅東口近くの“アスリートが集う居酒屋”「酒寮・大小原」だった。 すでに当時の日本陸上界ではケニヤッタ小林の名は知れわたり“人買い小林”ともいわれていた。 「いや、まだあるね。現・日本陸連顧問の帖佐(寛章)さんは“法に触れない詐欺師”と言ってる。まあ、誰が何と言おうが気にしないけどね」…

ケニアの陸上大会にも頻繁に顔を出した(左)、小林氏を取り上げた週刊文春の記事

ケニア人ランナーを売る男

選手を斡旋する悪徳ブローカーだと文春に叩かれた

小林俊一氏は気にせず一蹴する。 「最近の文春は、都知事を辞任に追い込んだりね。一応は頑張っているが、私に関する記事は単に面白おかしく書いただけ。私は問題のブローカーでもないし、ましてやピンハネもしない。真実ならいかに打たれ強い私でも、すでに消えてるよ」 ■出場料はそっくり選手へ この言葉にウソはないだろう。 「ただし、1校1社から年間顧問料として150万円ほどいただ…

ワキウリは世界陸上でも金

ケニア人ランナーを売る男

ソウル銀のワキウリは走る後ろ姿を見てスカウト

そう小林俊一氏が決意したのは、88年のソウル五輪後だと語る。 故・中村清監督率いるエスビー食品に斡旋したダグラス・ワキウリが、87年の世界陸上で優勝。続いて翌年のソウル五輪で銀メダルを獲得したからだ。 ワキウリを中村監督に紹介したのは、ロス五輪を5カ月後に控えた84年3月。エスビー食品がニュージーランドで合宿をしているときだった。 「あのときの私は、横浜国際女子駅…

イカンガーは83年福岡国際で瀬古と競り合い3秒差の2位

ケニア人ランナーを売る男

イカンガーがレースを引っ張った選考会の翌日…

その彼にマラソン転向を勧めたのが小林俊一氏だった。 39年前の77年。小林氏が初めてケニアの地を踏んだ秋、タンザニアで東アフリカ3カ国対抗陸上が開催されたときだ。 「当時の私はスポーツライターの肩書でね、取材に行ったら1万メートルで最後尾を走る気になるランナーがいた。タンザニアのイカンガーで、競技後に『あんたはマラソン向きだよ』と言ったら『オニツカタイガーのマラソン…

小林氏とワンジル(左)。ワンジルは北京五輪男子マラソン金メダル

ケニア人ランナーを売る男

約70人のケニア人を連れてきて3人が五輪メダル

多くのケニア人ランナーを日本に斡旋し、駅伝やマラソンに刺激を与えてきた「ケニヤッタ小林」こと小林俊一氏。その正体は謎に包まれているが、20年来の友人でルポライターの岡邦行が長期間取材。小林氏自らケニアパワーの強さを明かし、低迷する日本マラソン界に「活!」を入れた──。 「ケニアパワー? そりゃあ、私は常に『2本の脚で人生を切り開け!』と、貧しいランナーに叩き込んでる…

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