日刊ゲンダイDIGITAL

  • facebook  
  • twitter  
  • google+

菅原文太特集

/(C)AP

高倉健インタビュー秘録

高倉健に少しも臆していない菅原文太の芝居

【大脱獄(1975年・東映)】 高倉健、菅原文太が共演したアクション映画である。両者が共演した映画は11本とされている。ただし、東映に移籍してきたばかりの菅原文太がほんのちょっとしか出ていない映画もあり、それを共演と呼べるかどうか。単に「ふたりが出ている」映画と共演は違う。 「大脱獄」は「仁義なき戦い」でスターになった菅原文太が高倉健と対等な立場で共演している映画で…

基地問題に関する執筆を続けている/(C)日刊ゲンダイ

注目の人 直撃インタビュー

沖縄移住した「噂の真相」元編集長が語る「辺野古移転の真相」

――沖縄県知事選でも、菅原文太さんが那覇市内のスタジアムで開かれた決起集会に駆け付け、戦争が出来る国づくりに邁進する安倍政権や中央に言いなりの仲井真知事(当時)を批判しながら、戦争の愚かさと平和の尊さも訴えました。これにも関わられていたと聞きました。 菅原文太さんの応援演説は、この店(那覇市美栄橋の瓦屋別館)に翁長選対関係者が集まった時に私が提案しました。1万人集…

東京都知事選では細川護煕氏を応援した(左)/(C)日刊ゲンダイ

菅原文太さん 「仁義なき」暴挙に走る安倍政権に“痛烈遺書”

28日に肝不全のため亡くなった菅原文太さん(享年81)。映画「仁義なき戦い」や「トラック野郎」シリーズなどの大ヒットでスター俳優としての地位を確立。映画、ドラマ、声優など幅広いジャンルでいぶし銀の存在感を発揮してきたが、不帰の人となった。 「菅原さんの後半生にはショッキングな出来事が2つあった。ひとつは俳優だった長男・加織さんが事故で亡くなったこと(享年31)。も…

菅原文太さん

ワイドショーは何を伝えてきたか

テレビで見てラジオに呼んでくれた菅原文太さん

菅原文太さんにもお世話になりました。 知り合ったきっかけはニッポン放送からの電話でした。「菅原文太 日本人の底力」というラジオ番組があったんですが、スタッフの方から、文太さんが出て欲しいって言っていますって。それまでまったく面識も何もなかったんですが、僕をテレビで見て、呼んで欲しいと言われたそうです。それでニッポン放送に行ったのが初対面でした。 僕はその直前に初めて…

菅原文太

Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【菅原文太さんのケース】医師は膀胱全摘を提案。でも、温存できた

それが嫌でねぇ……」 昨年11月、膀胱がんで亡くなった俳優・菅原文太さん(享年81)が、私の外来にセカンドオピニオンを求めにこられたのは、07年3月でした。テレビや映画で見せるような元気さは影を潜め、軽いうつ状態という印象がありました。 別の病院で手術日程を決め、輸血のために自分の血液を採取して保存。一度は腹をくくったものの、コンビニの袋のような人工膀胱をぶら下げて…

“キンキン”の愛称で親しまれた愛川欽也さん

Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【愛川欽也さんのケース(1)】高倉健も菅原文太も。最期まで仕事できた共通項

昨年11月、高倉健さん(享年83)、菅原文太さん(享年81)という日本を代表する銀幕のスターがこの世を去りました。健さんは悪性リンパ腫(リンパ組織の悪性腫瘍)で、文太さんは膀胱がんでした。 お2人とも最晩年までお元気で若々しく、とても80代とは思えませんでした。戦後の日本人の生活習慣はほぼ理想的で、体は年齢以上に若くなっています。しかし、がんは遺伝子の「経年変化」…

芸能界を引退後も講演活動など精力的に活動していた/(C)日刊ゲンダイ

菅原文太さんが死去 高倉健さんに続き大物俳優がまた…

俳優の菅原文太さんが死亡していたことが1日、分かった。享年81。高倉健さんに続く“大物俳優”の訃報だ。 菅原さんは1933年8月16日生まれ、宮城県出身。早大第二法学部進学後、モデルや「劇団四季」の団員を経て、58年「白線秘密地帯」(新東宝)で本格映画デビュー。73年に始まった「仁義なき戦い」シリーズの広能昌三役で人気を不動のものとし、「トラック野郎」など数多くのヒ…

国の未来を憂えていた/(C)日刊ゲンダイ

菅原文太さんが残した“遺言” 「日本はいま危うい局面にある」

そうしたきな臭い状況に危機感を抱くのが元俳優の菅原文太さんだ。この夏80歳を迎えた老優は日本の何を危惧しているのか――。 ■「今の日本は真珠湾攻撃をした時と大差ない」 毎年8月になると太平洋戦争を思い出します。日本が戦争に負けた昭和20(1945)年当時、私は小学6年生で、宮城県栗原郡(現・栗原市)の小さな村に住んでいました。 敗戦が近づいた頃のこと、仙台の街がB2…

菅原文太とパチリ/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

宮崎靖男が暴露 鈴木則文監督と菅原文太の「大ゲンカ」

ヤクザ、エロ、お笑いと何でもござれの娯楽映画作りの職人だったが、星桃次郎(菅原文太)と“やもめのジョナサン”こと松下金造(愛川欽也)がドタバタを繰り広げる「トラック野郎」シリーズは鈴木監督の代表作だ。その10作すべての配車とアドバイザリーを担当。自らも出演した宮崎靖男さん(70)は今どうしているのか。 「鈴木監督と会ったのは『トラック野郎』のロケが始まる直前だから、…

小倉智昭さん

Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

小倉智昭さんが膀胱がん告白 人工膀胱が嫌なら手術拒否も

2年前に亡くなった菅原文太さん(享年81)も、人工膀胱が嫌で手術を拒否し、放射線と抗がん剤の治療で膀胱を温存しました。 ■菅原文太さんは元気に7年 膀胱がんは男性に多く、男女比は3対1。がんが膀胱の粘膜にとどまるステージ1だと、尿道から内視鏡で切除することもでき、5年生存率は91.8%ですが、取り残しが少なからずあって再発しやすい。膀胱と同じ尿路上皮で覆われている腎…

加茂田重政元組長の自伝「烈侠」

元大物組長が自伝で明かした ヤクザと芸能界の“蜜月時代”

掲載の写真は加茂田氏の父の三回忌法要の際のもので、中央には山口組三代目の田岡一雄組長、その右側には菅原文太の姿が。時はヤクザ映画全盛時代のこと。菅原文太や鶴田浩二は加茂田氏の自宅にも泊まりに来るほどの仲で、“本職”からヤクザの所作を学ぶこともあったという。 「烈侠」の中で加茂田氏は「芸能人とはよう付き合うたよ」と話し、「松平健、火野正平もすごい仲良かった。まだデビュ…

NHK大河「国盗り物語」にも出演/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

「ケチで有名になるくらい倹約」していた俳優・山谷初男は今

山谷さんはアンコールで寺山修司作詞の「菅原文太を見にゆくブルース」など18曲を熱唱した。 「『山谷初男の放浪詩集』ってレコードを42歳の時に出し、以後、同じタイトルで2回リリースしてる。42歳の時のヤツは寺山さんに書いていただいた14曲を集め、『菅原文太――』も入ってるよ。寺山さんに1曲や2曲、作ってもらった人はいても、こんなにたくさんあるのはオレだけ。もっとも、全…

人々の幸せを祈った菅原文太さん/(C)日刊ゲンダイ

「異端者でいいじゃないか」菅原文太さんが国民に送ったエール

None

同時進行!! ウイークリー馬券小説 止まり木ブルース

連戦連敗で奈落の底に猫まっしぐらの健坊。ジャパンCはキタサンブラックから。ヒイキの馬でやられるなら納得だとか

健坊の懐には30万あるかなしかで「仁義なき戦い」の菅原文太の決めゼリフ、 「山守さんヨォ……弾はまだ残っとるけんノゥ……」 ではなく、 「ジャパンカップで打ち止めオケラじゃい」 てなことになるからイラつく気持ちも分からないじゃない。 尻に火が点いた健坊に、ささやかながら光明らしき灯火がともったのが雪の翌日。 奥入瀬渓谷への長旅から帰ってきた陽子が、競馬の前の日、品川…

「映画女優」

孤独の映画

映画女優(1987年 市川崑監督)

吉永はがらっぱちで気の強い絹代を演じ、大女優の実像を表現するが、とくに面白いのが菅原文太演じる溝口健二監督(劇中では溝内)との出会いだ。溝口の暴君ぶりがすさまじい。脚本を黒板に書いて役者に読ませ、次々とセリフをボツにする。絹代には「田中さん、自然に動いてください」「気持ちに無理はありませんか」と嫌がらせのようにダメ出し。どう演じたらいいのかと聞く絹代を「僕は監督だ…

当時乗っていたトラックの上に立つ父(前田家提供)

「マエケン物語」 両親が明かすルーツ

1トンの鉄パイプの束が父親の背中を直撃した

小学6年のときに、菅原文太主演の「トラック野郎」を映画館で見て、運転手への夢が膨んだ。 車体に、黄色のパトライト(回転灯)やビッグホーン(クラクション)を装着した。「キャロル」や「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」のカセットテープをかけながら、昼夜を問わず車を走らせた。4トントラックからスタートして、20トンの大型トレーラーを乗りこなすようになっていた。 治茂はその…

父・治茂と母・幸代

「マエケン物語」 両親が明かすルーツ

祖父から3代にわたって紡いだ男たちの夢

小学6年の時、菅原文太主演の映画「トラック野郎」を見て、胸が躍った。自転車で自宅近くの国道26号を走り、思いを馳せた。 18歳の時、念願のトラック運転手になった。父の事故のこともあり、母や身内は「やめとけ」と反対した。それでもやめなかった。治茂は言う。「向こう見ずと思われるかもしれんけど、オヤジが死んだのは小さい時のことやから、トラックに乗ることに怖さを感じなかった…

小倉智昭さん

Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【小倉智昭さんのケース】膀胱がん オシッコで早期発見

膀胱がんは男性に多いがんで、俳優・菅原文太さん(享年81)は2年前にこのがんで亡くなっています。07年、別の病院で勧められた膀胱の全摘手術が嫌で私の外来にセカンドオピニオンを求めにこられました。 当時、文太さんの病期はステージ2で、治療は手術による膀胱全摘が主流。膀胱を全摘したら、尿をためるスペースがなくなり、“コンビニ袋”のようなもので代用することに。袋に尿がた…

君夕子さん

あの人は今こうしている

“任侠演歌”でヒット 君夕子さんは10坪スナックのママに

一昨年亡くなった高倉健、菅原文太の2人が今でも時に芸能マスコミをにぎわすように、何だかんだといいながら、男は大好きな任侠の世界。カラオケでも根強い人気を誇っている。きょう登場の君夕子さん(65)は85年、「昭和任侠伝」をヒットさせた演歌歌手。今どうしているのか。 ■カラオケスナックを19年 「いらっしゃい。カウンターにどうぞ」 大阪は城東区。市営地下鉄緑橋駅から歩い…

ハイテンションキャラでもおなじみ

芸歴は38年目 柳沢慎吾“映画初主演”までのデコボコ道

翌年NHK大河ドラマ「獅子の時代」で菅原文太と共演するが、リハーサルで言えた「おいでなさいまし」のセリフが本番で言えず、他のエキストラに代えられてしまった。 役者をやめたいと泣いたが、持ち前の切り替えの早さで乗り越え、81年の「翔んだカップル」では主演に抜擢される。 「ふぞろいの林檎たち」(83年・TBS系)の西寺実役で注目されるが、山田太一脚本のセリフの一字一句お…

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のグルメ記事