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ジャイアント馬場に関する記事

「全日本プロレス超人伝説」門馬忠雄著

設立者のジャイアント馬場の米国武者修行時代の逸話をはじめ、彼を不動のプロレスラーに押し上げた32文ロケット砲完成秘話、日本武道館での「鉄の爪」エリックとのインター決戦など名試合の模様まで、記者として間近に接したその素顔も紹介しながら、そのプロレスラー人生をたどる。 ジャイアント馬場の後継者としてエース街道を歩みながら病に倒れたジャンボ鶴田や、ファンに愛された覆面レス…

週末オススメ本ミシュラン

広告業界のトホホと世相が楽しめる超大作

記念すべき1981年の1つ目の漫画はエロ過ぎるので紹介しないとし、3つ目が「ジャイアント馬場・CM出演解禁」というネタである。馬場がタイガー・ジェット・シンにサーベルで乱打され、流血するとマットに血で「クルマはカブト」と書くオチだ。 最新の最後の漫画は、昨今のSNSで「いいね!」をもらいたい中毒の人を取り上げ、ドローンで奈良の大仏の顔を横から撮影した動画をアップし…

82歳に立ちっぱなしはこたえる

黒柳徹子「車いす報道」否定も…NHKと周囲はヒヤヒヤ?

病院も風邪の注射を打ちに行って、それが夜だったものだから、そのまま寝ちゃって次の日はそこから仕事へ行ったということだったと思うんですが、ご心配なさらずにね」 健康法について聞かれると、ジャイアント馬場直伝のヒンズースクワット50回に加え、貴乃花親方から聞いたという30秒間、体を沈める“四股ポーズ”を毎晩就寝前に行っていることを告白。そのプロ根性とバイタリティーには頭…

雷神矢口さん

オレのおふくろメシ

雷神矢口さん 2種類のルーが半々“育ての親”特製のカレー

ジャイアント馬場、アントニオ猪木がデビューした伝説の台東区体育館のすぐそばで育った、プロレスの申し子でもある。 「実母が3歳の時に亡くなり、僕は浅草に住んでいた伯父の元で育ちました。だから僕にとってのおふくろは育ての親の伯母さん。母が早くに亡くなったというと暗い印象があるけど、伯父さんは浅草で靴問屋をやっていた事業家で、伯母さんもとても気のいい人でね。いとこの“お姉…

「トシの功で」とコメントしたが…

82歳で紅白総合司会 黒柳徹子に囁かれる数々の不安要素

以前はジャイアント馬場に勧められたヒンズースクワットや自宅マンションの階段の上り下りで筋力を維持していましたが、最近は足を悪くして長時間、立っていることがきつく、歩き回ることが難しいようです。だからテレビの仕事は座っているものばかり。はたして3日間ものリハーサルを含めて紅白の長丁場を乗り切れるのか不安に思っている関係者は少なくない」(テレビ関係者) 黒柳は生前の森光…

愉快な“病人”たち

元プロレスラー 小橋建太さん (47)

87年に全日本プロレスに入団、ジャイアント馬場に師事し、三冠ヘビー級王座、世界タッグ王座などを獲得。数々のけがや病を乗り越えリングに立つ姿から鉄人と呼ばれる。引退後は、肝腎疾患やがんの啓蒙活動にも尽力。6月8日に自身がプロデュースするプロレス興行「Fortune Dream1」を開催予定。…

皆川おさむ氏

私の秘蔵写真

「黒ネコのタンゴ」皆川おさむ 7歳の誕生日は吉永小百合と…

「中でも一番印象に残ってるのは、『紅白歌のベストテン』でジャイアント馬場さんとご一緒したとき、肩車をしてもらったこと。あまりの高さにクラクラして、すっごく怖かったことを覚えてます。吉永さんには、8歳のとき一緒に出演したテレビドラマ『花は花よめ』の収録待ちの間に、学校の宿題をよくみてもらいました」 吉永さんとは現在も親交があり、「合唱団の定期演奏会の折には必ず花をい…

林みなほTBSアナウンサー

“ポスト田中みな実”TBS林みなほアナは女の子しか興味なし?

若手の女性アナウンサーが過酷な罰ゲームに挑戦するこの番組で、ゴルフ練習場でジャイアント馬場に扮して練習するなど、新人ながらもキャラを確立。番組MCの大久保佳代子から「ジャイアント林」のニックネームをもらった。 現在は「報道特集」「白熱ライブ ビビット」「Nスタ日曜版」を担当。若手女子アナトップに躍り出ているが、最近は局内でレズ発言を連発していると話題になっている。 …

本田圭佑の父親といとこ/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

本田圭佑とは親戚…レスリングで活躍した本田多聞さんは今

29歳と年齢的にはいってましたが、93年、ジャイアント馬場さんの全日本プロレスのお世話になることにしました」 若手と一緒に合宿所での生活だった。 「ただ、待遇面では他の選手より良かったみたいです。馬場さんの付け人をやり、食費はほとんど面倒見ていただきました、ハハハ」 2000年にプロレスリング・ノアに移籍。09年、フリーになった。 「今は東京の稲城市と川崎市に『本田…

/(C)日刊ゲンダイ

あの人は今こうしている

「電流マッチ」ターザン後藤 下町スナック「FMW」で活動中

ひとりはジャイアント馬場さん。馬場さんはレスラーはいくつもの顔を持ってないといけないと言ってた。もうひとりは“アラビアの怪人”ザ・シークで、彼は“24時間、自分はシークでいなきゃダメだ”が口グセだった。オレもどんな時でもプロレスラーとしての誇りを背負って生きてるよ」 10年に12人が所属する「スーパーFMW」なるプロレス団体を旗揚げ。墨田区周辺を拠点に活動している。…

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