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鳥羽市の関連ニュース

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「4000万円脅し取られた」鳥羽市副市長の奇妙な金銭トラブル

三重県鳥羽市の木下憲一副市長(65)が4日記者会見し、会社経営者男性(63)と金銭トラブルになっていると明かした。 鳥羽市では10年以上前から一般ごみと産業廃棄物を一緒に埋めるなど不正な処理が行われていた。これがコトの発端になったという。 「当初からゴミ問題をめぐって政治団体の抗議があり、09年に副市長に就任した木下さんが対応することになった。その際、“仲介役”とし…

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特産プレゼント充実 ふるさと納税で消費増税をカバーする

【寄付金でもらえる主な記念品(表(1))】 ◆自治体/代表例 ◇北海道当麻町/1万円で「でんすけすいか」「大雪のバラ」 ◇北海道栗山町/5000円で「新米(2キロ)」「農産物詰め合わせ」 ◇山形県飯豊町/1万円で「すき焼き・しゃぶしゃぶ用牛肉(500グラム)」 ◇群馬県中之条町/5000円で寄付の半額相当「感謝券」(温泉宿などで利用可) ◇岐阜県各務原市/1万円で…

鳥羽展望台の「兄弟酒」歌碑(上)・海女小屋で海の幸を

全国走破 平成の街道をゆく

三重県「パールロード」には絶景ポイントが何カ所も

鳥羽市の浦村町と志摩市の阿児町を結ぶ延長23・8キロの道路。かつては、シーサイドラインと奥志摩ラインを合わせた有料道路だったが、2006年に無料化された。正式名称は三重県道128号鳥羽阿児線。 いわゆる山あいを抜けるスカイライン。ところどころ海が開け、リアス式海岸と太平洋の眺望を横目で楽しみながら走ることができる。途中、4~5カ所の展望台があり、車も止められる。一番…

リニアが人口増をもたらすか

大都市圏なんでも健康ランキング

東海圏の人工 岐阜県はこの先10年で人口の1割を失う

鳥羽市も安泰ではありません。鳥羽市の人口は2015年時点で約1万9800人、これが2025年には1万6900人に減ってしまいます。隣接する伊勢市か志摩市に吸収合併される可能性を否定できません。 岐阜県では北部で人口が減っていきます。風光明媚で観光資源も豊富な地域ですが、ここに移り住もうとまで思う人は、あまりいないようです。また、東濃地域(恵那市など)と西濃南部(海津…

大都市圏なんでも健康ランキング

東海圏の自殺リスク 岐阜県北部がワースト3

鳥羽市と志摩市の関係は不思議です。隣同士でありながら、鳥羽市はベスト2位、志摩市はワースト5位なのです。数字は5年間の平均値なので、統計的な揺らぎは少ないはず。気候や地形以外の、何か別の要因が絡んでいるのでしょう。…

鳥羽一郎

鳥羽一郎・山川豊 「我らの演歌路」

親父は鉄火場に入り浸り…明日食う米にも困った

俺が生まれ育った、鳥羽市石鏡町はものすごい田舎でね、陸の孤島。伊勢志摩サミットをやった賢島から40分くらい離れているのかな。当時人口は1000人くらい、今は500人くらい。 おふくろのことは働いている後ろ姿しか思い出せない。両親との思い出といわれても、旅行に行ったとか、七五三に行ったとか、そういうことはしてもらえなかったから。ただ働くだけの両親。親父とおふくろが漁に…

山川豊

オレのおふくろメシ

山川豊 山のように採れた良質な海藻で作った「めひび汁」

三重県鳥羽市の、当時は陸の孤島だった海沿いの小さな港町で、海女をしていたおふくろは海に潜り、田んぼを耕し、自給自足で兄貴(鳥羽一郎)や僕を食べさせてくれました。メバルにカレイ、アジ、ベラ、カマスと、その日潜って捕ってきた魚を毎日、煮付けにしてくれた。味付けは甘めだったかな。濃くも、薄くもない。完全に火が通ったかどうかというところで止めて、たくさんの煮汁とともに皿に…

カツオ船を降りて鳥羽のホテルで5年間板前修業

鳥羽一郎・山川豊 「我らの演歌路」

歌手デビューする弟が調べてくれた船村徹先生の連絡先

修業したのは鳥羽市にある「戸田屋」というホテル。それが20歳くらい。その時はオヤジと相談しませんでした。マグロ船、カツオ船で家にお金を入れ続けた反動があって、給料は全部使った。 そこで修業した5年間はずっと下っ端でした。若い人が入ってくると、俺はちょこっと上がれるはずなのに、入ってきたと思ったら、下が全部、辞めていく。だから、また俺は下になる。ずっと下働き。それこ…

少年時代の山川

鳥羽一郎・山川豊 「我らの演歌路」

兄貴はカツオ船に乗って僕と妹を進学させてくれた

三重県鳥羽市の故郷では、兄貴のことを「ぼん」と呼ぶ。長男は跡取りとして大切にされたから、「坊ちゃん」からきているのだと思う。次男から「おじべ」「くそおじべ」「くそくそおじべ」と続く。ひどい言われようなのは、家を出ていく存在だからだろう。 女は上から「ねえ」「おばめ」と呼び方は変われど、長女だろうと次女だろうと生まれると赤飯が炊かれたのは、大切な稼ぎ手になったからだ。…

中3の修学旅行

鳥羽一郎・山川豊 「我らの演歌路」

集団就職の時代 中学を出て叔父の元に奉公へ

鳥羽市内から映画のフィルムを運んできて、実家までの坂道をみんなでかついで。そもそも映写機をどうやって手に入れたのか、映写技術もどこで覚えたのか、いまだに不思議でしょうがない。 ■演歌を聴いたのは親父がやっていた映画館で それでとにかくフィルムがよく切れるの。見ているとプツッと切れるので、切れたところをつないでいく。それを手伝ったりもしたのかな。映画館で儲けたとかとい…

山川豊

鳥羽一郎・山川豊 「我らの演歌路」

耳に焼き付いているのは海女だったおふくろの磯笛

僕たちの故郷、三重県鳥羽市石鏡町があるのは伊勢湾の海沿いの小さな町。道路は隣のその隣町で寸断し、伊勢志摩から陸路では山道を通るしかなく、移動はもっぱら1日3便の巡航船。人口1000人足らずの集落は、風呂も電話もない家がザラで、雑貨屋はあっても海が荒れると食べ物は届かないから、朝昼晩、食事がアワビや伊勢エビだったこともある。そんな話をステージですると羨ましがられたり…

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