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上田城の関連ニュース

2016年大河ドラマは「真田丸」

7人の影武者いた? 人気歴史家が明かす“真田幸村生存説”

■真田幸村年表 1567年 上田城主、武藤昌幸(真田昌幸)の次男として生まれる 1575年 父昌幸、真田家家督を継ぐ 1582年 本能寺の変により織田信長自害 1585年 真田家は上杉景勝に臣従。幸村、人質として春日山城へ 1586年 豊臣秀吉に臣従。幸村、人質として大坂へ 1590年 小田原城攻めで初陣? 1594年 大谷吉継の娘と結婚 1600年 6月/徳川家…

16年ゴールデンウィークの人気観光地(写真は竹田城)

熊本地震から2週間…GWの「人気観光地」揺れの心配は?

NHK大河ドラマ「真田丸」や城ブームの影響で、上田城、姫路城、竹田城も注目されている。 ■北海道沖で大きな揺れも 実は地震発生が懸念される観光スポットは少なくない。「特に心配なのが北海道」と警鐘を鳴らすのが、元前橋工科大教授の濱嶌良吉氏(地殻変動解析学)だ。 「日本列島は400年サイクルと1200年サイクルで大地震に襲われていて、ちょうど今、重なる時期なんです。20…

GRAPHIC

「日本の城」山下茂樹著

大河ドラマで人気沸騰の真田氏が築城した「上田城」(長野県)は、桜と紅葉、それぞれの季節の中にたたずむ。そして雪景色の中に凛としてそびえる外観五重内部六階の国宝「松本城」(長野県)など、四季折々の背景が、より一層、城の美しさを際立たせる。 豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎と名乗っていたときに一夜にして築いたと伝わる「墨俣城」(岐阜県)や、織田信長の居城として、そしてその死後…

ポールを握って上田城へ

新・お出かけ紀行

長野県上田市 「真田丸」の舞台でノルディックウオーク

大河ドラマ「真田丸」は18日、最終回を迎えたが、舞台の地・上田城(上田市二の丸)には今も幸村(信繁)ファンが集まる。1583年に昌幸によって築城され、徳川の大軍を2度にわたって退けた城。現在は、城跡公園として残る。真田ゆかりの街を歩いた。 JR上田駅から、上田城までは勾配のきつい坂道がある。歩き慣れていない中高年にとっては骨が折れるところだ。そこでオススメが、ノルデ…

イラスト・児玉泉

失敗と成功の日本史

乙武さんは不倫旅行で断念 出鼻をくじかれた信長と家康

相手は真田信繁(俗称は幸村)の父・昌幸で、場所は信州(現・長野県)の上田城。こう書くと関ケ原合戦(1600年)の際、家康の嫡男秀忠が上田城を襲撃し、逆にきりきり舞いさせられた史実を思い浮かべる人もいるでしょうが、それは第2次上田合戦。実はその15年前の、天正13(1585)年にも家康と昌幸は戦っています(第1次上田合戦)。 当時、家康は北条、上杉ら強豪との外交戦略を…

NHK大河ドラマ「真田丸」発表会見

戦国武将サバイバル術

【真田幸村編】小が大を制しようと思うなら“読み”を磨くべし

さて、東軍・徳川率いる兵は3万ともいわれ、片や本拠・上田城に立てこもった幸村の兵はわずか2000でございました。 上田城を取り囲まれ、敵が二の丸に攻め込むまで待ち、昌幸・幸村は反撃に出ます。実は上田城内は千鳥掛けの道になっており、大軍が一挙に押し寄せると動けない仕掛け。そのタイミングを見計らって攻めに転じたのでございます。 逃げ出す徳川軍を神川に誘い込んだ幸村は、…

個性的なドラマでも活躍

ドラマ彩る 大河「真田丸」の女たち

斉藤由貴が演じる阿茶局 つめを噛む家康に“お叱りビーム”

その後、徳川の軍勢が真田の上田城に襲い掛かる。真田は少ない兵で徳川撃退に奮闘するも、信繁(堺雅人)の妻・梅(黒木華)は命を落としてしまう。 阿茶局は家康の側室の中でも、特に聡明で家康の信頼が厚かった女性。馬術や武芸にも優れ、しばしば戦場にも同行して家康を支えた。もともとは武田家家臣飯田氏の娘で、一度は今川家の神尾忠重に嫁いだものの、夫と死別。家康の側室になった。もと…

毎年4月に開催される「上田真田まつり」

全国走破 平成の街道をゆく

上田、沼田、名胡桃…真田氏ゆかりの城を巡る

ここには、徳川軍の攻撃を2度にわたって撃退した「上田城」がある。 群馬県に入って、沼田市には真田昌幸の長男・信之が初代城主となった「沼田城跡」、みなかみ町には真田家の戦略的拠点で小田原攻めのきっかけともなった「名胡桃城址」などがある。 長野・群馬といえば街道沿いには別所や草津など名湯があるが、日帰りではなかなか立ち寄っているヒマはない。その代わり、道の駅はいかが。東…

吉田羊

ドラマ彩る 大河「真田丸」の女たち

吉田羊演じる“鬼嫁” 敵になった義理の父弟に「狼藉者!」

これにはさすがの昌幸もあわてて上田城に引きあげたという。稲が「鬼嫁」と言われるのも納得だ。 しかし、稲はただの鬼嫁ではなかった。関ケ原で敗れた昌幸と信繁の助命嘆願を、信幸とともに夫婦で必死に行った。その結果、昌幸・信繁父子は高野山や九度山に移ることになった。山にいる間に信繁には次々とベビーが誕生。信幸は父と弟の生活費の面倒を見続けた。稲も昌幸の好物の鮭の子など差し入…

真田御膳

小林しのぶの読む駅弁

小諸駅「ひしや弁当店」特集

表面には明治中期ごろの上田城を描いたイラストが印刷されている。容器のセンターを占めるのは、真田家の旗印、六文銭をイメージしたご飯。キノコの炊き込みご飯と白飯の二点盛りにしたのも見事なアイデアで、おかずとの相性を考慮しながら選択できる。 おかずは天ぷら、煮物、牛肉煮、鶏肉の照り焼き、フナの甘露煮、金時芋など種類豊富で、地場の食材を会席風に仕上げた職人技が光る。シメジ、…

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