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「長嶋茂雄 引退」に関する記事

85年定岡引退を報じる日刊ゲンダイ

巨人軍 あの日、あの時、あの事件

空前のフィーバーを巻き起こした定岡正二氏が直面した光と影

長嶋茂雄監督率いる巨人に同年のドラフト1位で入団。江川卓、西本聖と先発3本柱を形成し、81年に11勝、82年には15勝を挙げた。85年、近鉄へのトレードを拒否して引退。大フィーバーだった入団時の苦悩、29歳の若さで引退を決断した真相を58歳になった定岡氏が語る。 甲子園から帰ると、移動するたび女子学生が電車やバスへ一緒に乗ってくる。ファンレターは1日何百通。フィーバ…

今も毎朝4時30分起床で「下準備」

元プロ選手「第2の人生」奮闘記

引退から10年…元巨人・條辺剛がうどんに賭けた第二の人生

店にかかる暖簾は長嶋茂雄氏(現巨人名誉監督)が書いた直筆色紙をもとにつくられた。 【讃岐うどん 條辺】埼玉県ふじみ野市上福岡1-7-9 営業時間 午前7時~午後3時 定休日 毎週火曜日(祝日の場合営業 翌日休み)電話番号 049-269-2453…

「カープ一筋」28年/(C)日刊ゲンダイ

広島緒方新監督誕生 長嶋茂雄氏も振った28年の「カープ愛」

99年、自己最多の36本塁打を放ってFA権を取得すると、当時の巨人・長嶋茂雄監督から「現在のプロ野球で最高の野手」と熱烈なラブコールを受けた。が、緒方氏はこれをソデにして広島に残留。この時から「幹部候補生」として、今回の監督就任を約束されたも同然だった。 ■グラドル中條かな子との結婚時にも「名セリフ」を 地元放送関係者がこう言う。 「FAの際の身の振り方が象徴するよ…

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プロ野球 サムライは死んだか

「引退」「引退試合」という言葉が軽くなった

高橋善正氏

プロ野球 サムライは死んだか

「引退セレモニー」は一握りの名選手にのみ許された

巨人の高橋吉伸

プロ野球人物研究 対岸のヤジ

高橋由伸 再び他動的な決断を迫られた天才打者

さらに、巨人はまたもや長嶋茂雄の印籠を免罪符のごとく持ち出してきた。「監督は由伸くん“しか”いない」というミスターの言葉を発表し、すべてを正当化する。もちろん、長嶋は姿を現していない。今や高齢となった大権威は本当にそう言ったのか。言ったとしても、誘導的に言質を取っただけではないのか。 思えば由伸は1997年のドラフト時も当初はヤクルト入りを希望しながら、周囲に説得…

長嶋茂雄氏

野球に食文化もちろん落語も

長嶋茂雄に「落語家みたいな名前ですね」と言われ…

千葉県市原市の生まれなので、当然のごとく千葉の英雄、長嶋茂雄の大ファンになった。引退した時は大泣きしたし、監督を辞任させられた時は怒りに震えた。いまだに長嶋派の人物でないと巨人を応援できない。川上派の藤田、原ラインの監督は長嶋シンパにとって敵なのだ。だから、長嶋派の松井と高橋由伸は大好きで、今シーズンは巨人を応援している。 県立市原高校時代は野球部のマネジャーだった…

林家木久扇は78歳

あれもこれも言わせて

桂歌丸師匠の引退に便乗したNHKの抜け目なさ

それにしても巨人軍の長嶋茂雄といい、歌丸師匠といい、読売系は“終身名誉”がお好きなようで……。 それはともかく、6代目司会者に“本命”といわれた円楽ではなく“ダークホース”の春風亭昇太を抜擢。お茶の間をざわつかせた。 その昇太、見た目は若いが御年56歳。世間的には立派なおっさんだが、「笑点」メンバーの中ではれっきとした若手。それもそのはず、5代目の歌丸79歳を筆頭に…

円陣を組む巨人ナイン

プロ野球の「隠語・業界用語」を作家・山田隆道が解説

かつては自宅住所も公開されていたため、長嶋茂雄や金田正一などスター選手の空き巣被害が続出した。 【G戦士】 ギャンブル戦士。 【紳士たれ】 紳士ではないとうすうす自覚しているからこそ、口から出てしまう言葉。 【長嶋茂雄の太鼓判】 巨人軍が強引な決定を押し通したあとで、たびたび乱用する免罪符。 【ファンのために】 経営陣を黙らせるべく、選手会が涙ながらの切り札として持…

新監督たちの手腕に期待/(C)日刊ゲンダイ

日本プロ野球が変わる? 新監督4人中3人が二軍指導経験

巨人で2期合計15年も指揮を執った長嶋茂雄終身名誉監督(78)が、その典型例だろう。巨大戦力を有しながら、任期中、リーグ優勝5回、日本一は2回しかなかった。引退して即監督に就任した75年から80年までの第1期政権は3年連続V逸が原因で解任。93年に再登板したのは、この年からスタートしたサッカーのJリーグ人気に対抗するためだった。その巨人が今、指導者経験のない松井秀喜…

海を渡るのはいつ?

スポーツ難癖口上

長嶋ロスから四十数年 日本列島を襲う大谷ロス

長嶋茂雄が現役を引退した日、学生だったオレはテレビの前に正座し、涙を流した。ああ長嶋がいなくなる。ふと壁のカレンダーを見上げりゃ、1974年。イクナヨ。行くなよ長嶋。 以来「長嶋ロス」から立ち直れなかった。プロ野球そのものに興味がうせたのだ。長嶋の後釜に日本ハムから張本が来た。四角い顔はどこか面ざしが似ていたが、長嶋のハリボテ。ずっと「張りぼて勲」と呼んだ。 いなく…

2008年にはオリックスで臨時コーチを

トルネード健在 野茂英雄が計る「監督」就任のタイミング

メーンイベントの名球会メンバーによるセ・パ対抗戦は、長嶋茂雄(79)と王貞治(75)の始球式対決で幕を開けた。王が投げたボールを、長嶋が左手一本で三塁方向に打ち返すと、集まった1万8000人の観衆は大いに沸いたが、そんなON以上にファンの注目を集めた選手がいた。 独特のトルネード投法で日米通算201勝を挙げた野茂英雄(47)である。パの3番手として出場選手最長タイの…

阿部の復活にこだわるようだと…

プロ野球 サムライは死んだか

「誰もクビにしません」 長嶋監督1年目の失敗はそこから始まった

選手を引退した年のオフに指揮官に就任した高橋由伸監督(40)と、1975年の長嶋茂雄監督。この連載では前回、「参謀不在」が共通していると書いたが、もう一つ似通っているのが中心選手の衰えだ。 長嶋監督1年目の75年は、選手の名前だけは豪華だった。投手は堀内恒夫(27=以下当時)、高橋一三(29)が中心となり、打者には言わずと知れた王貞治さん(35)、柴田勲さん(31)…

新庄は愛車フェラーリをネットオークションに出品

野球IQは高いんです

メチャクチャだった金遣い

なにしろ、あの長嶋茂雄元監督に仲人をしていただいたのですから。とはいえ、引き受けてもらうまでが大変でした。 (つづく) ▽もとき・だいすけ 1971年12月30日生まれの43歳。大阪府出身。上宮高時代に甲子園に3度出場し、歴代2位タイの通算6本塁打を放つ。89年のドラフト1位でダイエーに指名されるも、入団を拒否してハワイに野球留学。翌90年ドラフトで巨人から1位指名…

第1次監督時代の長嶋茂雄(C)日刊ゲンダイ

巨人軍 あの日、あの時、あの事件

打たれて「ホラ見てみい」士気下げた長嶋監督のベンチワーク

長嶋茂雄監督(78=当時39)1年目の昭和50年、巨人は球団史上初の最下位に終わる。チーム再建はフロント主導で着手。首脳陣は一新され、一軍に残ったのは守備・走塁コーチ補佐から同コーチに昇格した黒江透修氏(76=同36)だけだった。本紙は同年10月27日に創刊。第4号で「長嶋改造内閣」の不安点を指摘した。黒江氏が当時を語る。 「昭和49年秋、監督になる長嶋さんから(ホ…

長野と高橋由に厳しい視線/(C)日刊ゲンダイ

巨人OBからも不満 打線不調は原監督の「4番軽視」が原因

あの長嶋茂雄元監督ですら、第2次政権の9年間で起用した4番は14人。広沢だ、落合だ、清原だと毎年のように主砲候補を補強でかき集め、「欲しい欲しい病」と揶揄された長嶋元監督以上に取っ換え引っ換えしている。 原監督は現役時代、ONに次ぐ球団3位の在位記録となる1066試合で4番を張った。引退の際には巨人の4番を「聖域」と表現し、「何人も侵すことができない」と強調していた…

好業績が続くセコムだが…

会社員は必読 創業家との付き合い方

セコムの飯田家 実力会長をクビにした創業者の一声

「セコムしてますか?」は長嶋茂雄でおなじみのテレビCMだが、セコムでは創業者である飯田亮の権威と権力は鉄壁でなければならないのだ。=敬称略。…

長嶋終身名誉監督からメッセージ入りボールを受け取る

プロ野球 サムライは死んだか

巨人高橋由伸新監督はミスターの失敗を糧にすべし

相手チームに長嶋茂雄と同じレベルのバッターなんて、ほとんどいない」 と、面と向かって苦言を呈したほどだ。 75年は退任した川上哲治監督と共に、巨人にドジャース野球をもたらした牧野茂作戦コーチも退団した。その代わりに球団は関根潤三さんをヘッドコーチとして招聘したが、関根さんも長嶋監督と同じ天才肌。冷静に状況を分析したり、選手とのパイプ役となるタイプの参謀という立場では…

元木大介氏

野球IQは高いんです

松井秀喜は「へへへ」と笑うだけでした

シーズン中、試合前に行われていた長嶋茂雄監督による松井へのマンツーマンでの素振り指導。本拠地の東京ドームでは、選手サロンの前にあるミーティングルームが特訓の場に使われていました。コーチからミーティングの招集がかかって部屋に向かうと、鍵がかかっている。そんなときは、試合前の野手全員とコーチが「松井待ち」です。それはいいのですが、ようやくガチャッと鍵が開き、バットを持っ…

選手を出迎える原監督と川相コーチ

広岡達朗氏が苦言 「巨人選手のタガが緩むのは原監督の責任」

巨人の選手は、長嶋茂雄や王貞治をはじめ、まだできるという気持ちを抱き、周囲に惜しまれつつもユニホームを脱いでいった。引き際を大事にしてきたんです。 ■「川相監督には期待感が持てる」 本来なら原監督が阿部に捕手で勝負せえと言わないと。原監督もオヤジ(原貢氏)が生きているときはまともだった。今はちょっとおかしいね。中軸を打てるということでFAで獲得した村田に8番を打たせ…

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