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「徳川家康 人物」に関する記事

仲良し家族/(C)日刊ゲンダイ

この人物のオモテとウラ

「真麻のパパ」高橋英樹の新境地は「日本史センセイ」路線

46年間の時代劇人生の中で織田信長、徳川家康、平清盛ら70人以上の役柄を演じてきた高橋が、平安時代から日露戦争までの時代をひもとき、歴史上の人物から架空の存在である鞍馬天狗までを取り上げ、深く考察を重ねた。 かつては時代劇の大スター。5年続いた連続ドラマ「桃太郎侍」が当たり役となり、舞台で主役を張るなど一世を風靡した。時代劇がすたれた後、バラエティー番組に挑戦。おも…

週末に読みたいこの1冊

「鬼手 小早川秀秋伝」大塚卓嗣著

兄のような宇喜多秀家、律義者の徳川家康、冷酷無比な大谷吉継など、今までにない人物設定となっており、同じ歴史上の出来事が、解釈によって全く見え方が変わることに気づかされる。(光文社 1300円+税)…

GRAPHIC

「戦国のゲルニカ─『大坂夏の陣図屏風』読み解き」渡辺武著

住吉大社東南方に本陣を置き、天王寺口からの城攻めを指揮する馬上の徳川家康をはじめ、東軍総司令官の将軍秀忠本陣など、右隻一扇・二扇・三扇には徳川方の主な諸部隊が描かれる。 それぞれの部隊の配置などを解説する一方で、夏の陣に遅参した上に大坂への途上で家来が問題を引き起こして家康や秀忠の不興を買った家康の六男・松平忠輝の夏の陣後の悲劇的な人生や、屏風の中でただ一人、個人の…

イラスト・大場春奈

日本史再見 英雄になれなかった男

豊臣秀頼は母親の溺愛で滅び去った

慶長16(1611)年3月、京都・二条城で行われた徳川家康との会見では、始終、義理の祖父(妻が千姫のため)である家康を立てる申し分ない作法で接し、家康を唸らせました。一般にイメージされているような、マザコンの凡庸な人物ではなかったのです。 その秀頼の運命を、急変させたのが方広寺の梵鐘――鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」の文字でした。徳川家康がこれに難癖をつけ、…

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橋本テツヤの快適老齢術

なったつもりで元気を取り戻す

「尊敬する歴史上の人物は?」と問われたら徳川家康か豊臣秀吉あたりを答えるかもしれないが、そうでない場合は自分を尊敬していると言う。驕り高ぶっているわけではない。自分が一番好きで、自分の存在価値をそれなりに認めているからだ。 人は誰でも自分が好きなはずだが、年齢を重ねてくると、体の不調から今までできたことができなくなってくる。そうなると自分がイヤになり、悪い方向ばかり…

イラスト・若生圭汰

日本史再見 英雄になれなかった男

豊臣家を救えなかった前田利家

徳川家康を刺し殺さず 時代は下がって慶長3(1598)年、秀吉が死没すると、豊臣政権の体制が揺らぎ始めます。利家と同格の大老となった徳川家康が、法度を破り、伊達政宗や福島正則らと勝手に婚姻を結んだのです。これに石田三成が異を唱えて、家康と対立。その結果、三成は謹慎処分を受けます。 利家の目には、家康の目論見が読めていました。秀吉子飼いの武将を反目させて、豊臣家を…

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日本史再見 英雄になれなかった男

死因は脳溢血 49歳で死んだ上杉謙信の無念

もし謙信が長寿だったら、先に死亡した信玄の後継者・勝頼と同盟を組み、織田信長・徳川家康連合軍と一大決戦をすることも可能だったはずです。そうなれば謙信によって、室町幕府が再興され、戦国史が大きく変わった可能性がありますね。 ■敵に塩を送った話は美談ではなかった 上杉謙信は「我は毘沙門天の生まれ変わりなり」と語っていたとされる。毘沙門天だから、鉄砲の弾も自分を避けると考…

イラスト・齋藤礼実

日本史再見 英雄になれなかった男

伊達政宗 スペイン国王と組んで謀叛を企てていた

政宗は秀吉に臣従し、関ケ原の戦い(1600年)では徳川家康の側につきました。天下取りの野望をすっかり忘れたかのようですが、実は闘志満々。徳川幕府に叛旗を翻そうとしたのです。 それを語る前に、政宗を取り巻く人物を2人紹介しましょう。一人は家康の重臣で石見(現・島根県西部)や佐渡などの鉱山開発に尽力した大久保長安。徳川家に利益をもたらしました。 ところが慶長18(16…

イラスト・児玉泉

失敗と成功の日本史

乙武さんは不倫旅行で断念 出鼻をくじかれた信長と家康

信長は徳川家康や松永久秀らとの連合軍で、越前の敦賀に侵入。朝倉方の手筒山城を難なく落とし、さらに金ケ崎城を陥落させ、破竹の進撃を続けました。 ところがここで、織田氏と同盟関係にあった浅井長政が、ピンチの朝倉氏に呼応し、織田連合軍の退路を断つ動きに出ます。朝倉と浅井が、古くからの同盟関係にあったからでした。しかし長政の妻は、信長の妹のお市。信長は義弟に裏切られたこと…

失敗と成功の日本史

ショーンK? 他人の性を名乗り存続した北条氏の“経歴詐称”

徳川家康は、幼名の竹千代が元服して元康-家康に。豊臣秀吉は木下姓から羽柴姓となり、最後は豊臣となりました。しかし、こうした改名は、公に行われたもの。 ■初代の早雲は「伊勢氏」 ここで思い出すのが、北条早雲です。伊豆、相模(現・神奈川県の大半)を攻略し、戦国時代の火蓋を切ったことで有名な人物ですが、彼は「北条」姓でありません。室町幕府政所執事・伊勢氏の一族で、実名は伊…

温水洋一さん

オトナの社会講座

歴史と文化の研究所・代表 渡邊大門さんに聞く「真田幸村は温水洋一さん似だったんですか!?」

主役の真田幸村(信繁)は、徳川家康を窮地に追い込んだ伝説の武将として人気が高い。幸村を描いた「真田軍記」(井上靖)、「真田太平記」(池波正太郎)など小説やドラマでは英雄視されているが、真の姿はどうなのか――。 「真田幸村と真田丸の真実」(光文社新書)の著者で㈱歴史と文化の研究所・渡邊大門代表は「幸村はイメージとのギャップが大きいという意味で珍しい武将です」と言う。“…

家康は苦労人だった

戦国武将サバイバル術

【徳川家康編】発想の転換で待ちの家康のごとく後日に備えよ

これから出番が増える/(C)日刊ゲンダイ

「官兵衛」で家康役 寺尾聰の“右目”なぜ閉じているのか?

役作りのために剃髪した岡田准一(33)の体当たり演技や、狂気の秀吉を好演する竹中直人(58)など、見どころは盛りだくさんだが、この先の話の中心人物となっていくのが徳川家康を演じる寺尾聰(67)だ。 次回「秀吉の最期」(11月9日放送)の予告でも、家康=寺尾の顔が大映しされたが、その寺尾について、ドラマ登場の当初からこんな疑問の声が上がっていた。 「寺尾聰の右目は、な…

イラスト・林蓮珠

日本史再見 英雄になれなかった男

主君・長政から嫌がらせ 大阪夏の陣に散った後藤又兵衛の悲劇

徳川家康は10万石を与えるから自分につけと要請するが、又兵衛はこれを断り、密かに花若を推挙。花若は徳川方の武将として参陣を許される。何も知らない花若は戦の前に会った又兵衛を父の仇として討とうとするが、又兵衛は「わしを戦場で討ち取って手柄とされよ」と告げて立ち去る。ここにも又兵衛の覚悟が表れている。 ちなみに鎮房が殺害されたとき、彼の家臣たちが討ち死にしたのが中津市内…

松本弘一さん

社長の本棚

「サカエ」松本弘一社長は「坂の上の雲」が愛読書

改革するにはと織田信長に関する本を読み、信長政権は短命だったので、会社を継続させるには徳川家康かなと、家康関係の本を読んだり、あるいは、人を動かすにはどうすればいいのかと、吉川英治さんの『三国志』を読んだりして参考にしてきました。経営者では松下幸之助さんの本を全部読み、講演記録も聴きました」 そして、10年ちょっと前、愛読書に出合う。 「当時の顧問弁護士に薦められて…

イラスト・中村深琴

嫉妬、憎悪…コンプレックスの日本史

豊臣秀吉は農民の劣等感から名家の娘に手を出した

この秀吉と趣が異なるのが徳川家康でした。彼は“二妻十五妾”を持ったといわれますが、その多くは後家、つまり未亡人でした。出自のはっきりした女性を選んだものの、名門に固執はしませんでした。家康はただ、出産経験のある丈夫で健康な女性を求めたのです。その努力が実って多くの子宝に恵まれ、徳川幕府は長らく存続したのでした。 豊臣秀吉を描いたドラマは身分の低さを乗り越えて天下人…

山の中腹に位置する「オトチの洞穴」

おでかけ出張コンシェルジュ

「真田丸」で注目 滋賀長浜市の戦国武将“石田三成”の岩窟

関ケ原の戦いで徳川家康に敗れた戦国武将、石田三成。怜悧な能吏というイメージが強く、知名度の割に人気がない。その生涯にスポットが当たることも少なかった。しかし、最近は人気ゲームシリーズ「戦国無双」でイケメン武将として描かれ、放送中のNHK大河「真田丸」でも真田信繁の運命を左右する人物として注目されるようになっている。 そんな三成の魅力を探るべく、「三成伝説」の著者、田…

イラスト・八木幸恵

失敗と成功の日本史

お家騒動は時代を超えて…名家を潰した“浅井久政の大罪”

三河(現・愛知県東部)の松平元康(のちの徳川家康)と同盟を結び、東の守りを固めた織田信長は、さらに西にも同盟者を求め、浅井長政と手を結ぶことを画策。自らの妹・お市を嫁がせて、同盟成立に漕ぎつけました。 京と尾張(現・愛知県西部)・美濃(現・岐阜県南部)を結ぶルートを確保した信長は、越前(現・福井県北部)の朝倉義景を討とうとします。 ところが、長政が突然、信長に叛旗…

阿部サダヲは「殿、利息でござる!」で時代劇初主演

「信長協奏曲」大ヒット 続々公開“異色時代劇”の魅力とは

戦国もので、こちらは徳川家康らお馴染みの人物が権力抗争を繰り広げる。 時代劇はバリエーションが広がってきた。足りないのは女優が活躍する時代劇。チャレンジする人はいないか。 (映画ジャーナリスト・大高宏雄)…

武田信玄像

戦国武将サバイバル術

【武田信玄】ライバルだけを意識していると本来の目的を見失う

信玄は三方ケ原で徳川家康を破ったものの、胸を患って53歳で死去。信玄が後継者の勝頼に「謙信とは戦うな。おまえの頼れる人物は謙信しかいない」と言った、その謙信も信玄死没の5年後、49歳でこの世を去ります。結果、天下は信長の手に。 片目で足の悪い山本勘助を軍師に取り立てるほどの見る目、力もあった信玄でございましたが、好敵手をもったばかりの悲劇ともいえるでしょう。“向上す…

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