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高松城の関連ニュース

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文庫あらかると

秀吉はいつ知ったか 山田風太郎著

史実によると、毛利征伐に出撃して岡山の小城高松城を水攻め中の秀吉にその第1報が届いたのが、3日の亥の刻(午後10時ごろ)とある。毛利との和議を成立させた秀吉は、4日の午前10時に高松城の城主・清水宗治の切腹を見届け、午後8時に撤退を開始する。史実通りなら、秀吉は夜中に毛利と談判をしたことになり、著者は毛利との交渉は3日の昼の間に行われたと推測。使者が50里以上の道程…

BOOKレビュー

「治部の礎」吉川永青著

軍師・黒田官兵衛は、清水がこもる高松城を水攻めするため、近隣の百姓らが持ち込む土嚢に米や金を支払う。秀吉の近習・三成は、主君の財を使い果たすこの水攻めに賛同できない。 そんなとき、信長横死の一報が入る。三成は、秀吉に命じられ、明智の寄騎である筒井順慶の兵を封じるため、大和郡山城に向かう。筒井の説得に成功した三成は、戦は戦場での功だけがすべてではないと学ぶ。ただ、加藤…

16年ゴールデンウィークの人気観光地(写真は竹田城)

熊本地震から2週間…GWの「人気観光地」揺れの心配は?

「中央構造線」に沿って姫路城と高松城、それに瀬戸内国際芸術祭の会場があり、クロスする「糸魚川―静岡構造線断層帯」と遠くない距離に上田城は建っている。政府の地震調査委員会は「糸魚川―静岡構造線」で30年以内に地震が発生する確率を「M7.4~7.7、30%」としている。 熊本地震の発生から2週間が過ぎたが、震度1以上の揺れは1000回を超えた。日本にいる限り、明日は我が…

イラスト・佐々木桜

日本史再見 英雄になれなかった男

奇襲のチャンスをつぶし関ヶ原で惨敗した石田三成の不運

八方塞がりの三成は秀吉が備中高松城攻略で使った“水攻め”に方向転換するが、城主・成田長親(野村萬斎)の人心掌握術によってさらに追い詰められるのだった。…

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戦国武将サバイバル術

【黒田官兵衛編】生き残る道は“野心のコントロール”にあり

天正10(1582)年、盟友・竹中半兵衛の没後、秀吉の軍師として備中高松城の水攻めを任された官兵衛。このとき、明智光秀の反逆により、織田信長が本能寺で死去という知らせが舞い込んでまいります。 号泣する秀吉のそばに寄るや官兵衛、「殿、これこそ絶好の天下取りのチャンスです」と一言。しかし秀吉の「こやつめ。わしの腹を読みよったな」という一瞬の表情に、官兵衛は「しまった!…

「読み」の鋭さは抜群だった

戦国武将サバイバル術

【豊臣秀吉編】気持ちを察してサッとやる

さらに中国征討の際、秀吉は高松城を水攻めにいたします。大敵・毛利を倒すことは可能でしたが、ここでヤッちゃったら手柄が大きすぎ。信長に「容易ならん奴」と警戒されると“読んで”、「この大敵、上様でなければ倒せません」と出動を要請いたします。マァ、主人に花を持たせようとしたことが、かえって仇となり、信長は本能寺で討たれてしまうわけですが……。 信長のみならず、イヤ~な上…

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歴史作家と歴ドルが激論! 黒田官兵衛の謎、知力、魅力

加来「信長の訃報を知ると、官兵衛はまず、水攻めにしていた備中(現・岡山県西部)高松城の毛利軍と素早く講和を結び、ほぼ同時に堰(せき)を切り、あたりを水浸しにして、追撃の心配をなくすわけです。これだけでも大仕事なのに、彼は2万5000人もの将兵を引き連れて、220キロをわずか7日で移動させました」 小日向「どうやって、そんなすごいことができたんですか?」 加来「うー…

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